転居先で起きたこと。あるいは何も起きていないことについて。 | いい毒夢気分

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千葉発地獄行き。

 まず初めに、これから話す話には幽霊や怪奇現象などは一切登場しない。
 人によっては何が怖いのか全く分からないという人もいるかもしれない。
 個人的にも、たまたま起こった出来事が自分の想像力を過度に刺激してしまった結果だと思っているので、実際には何も起こらない。
 それをご承知の上で、よろしければお時間を頂戴したいと思います。
 
 新しく住む物件の契約の段になって担当者が「こちらの物件で以前、人が亡くなって特殊清掃が入っておりまして……」と話を切りだした。
 ああ、これが噂に聞く事故物件の告知義務というやつか。まさか自分が聞くことになるとは思っていなかったことに若干の動揺はあったものの、それには「大丈夫です」と答えて契約を進めた。
 無数の物件の中には不幸な形で亡くなる住人もいるだろうし、たまたまそこに自分が住むこともあるだろう。全く気にならないと言えば嘘になるが、告知義務ではどんな人がどんな形で亡くなったかまでの詳細な情報は伏せられているので、具体的な状況を想像して気が滅入ったりはしないだろうと、その時は思っていたのだ。

 転居して一週間ほどたった頃、ふたつの出来事があった。

 ひとつめ。
 帰宅時に郵便受けを覗くと、ハガキが一枚入っていた。
 郵便局からの「居住確認のお伺い」というもので、現在この住所に住んでいるのはこの人かという問い合わせの文面と共に一人の男性の名前が記されており、もし違う場合は正しい住人の氏名を記して返送して欲しいという内容だった。
 初めて見るものだったので慎重を期して、こういうものが本当にあるのかネットで検索してみたところ、答えの書かれた記事がヒットした。
 以前住んでいた住人宛に郵便物が届いた場合や、集合住宅で部屋番号が間違えている場合などに確認の為に送られることが多いということだ。
 特に問題が無いとわかったので、記された名前の人物が現在は住んでいない旨と、今住んでいる自分の名前を記入してポストに投函した。
 投函しながら、あのハガキに書かれていた男性の名前はもしかしたら前の住人のものかもしれないなあとボンヤリと思ってしまった。

 ふたつめ。
 管理会社から「水道メーターが異常な数値を示しています。どこか水漏れしている可能性があるので検査をしたいのですが」という電話があった。
 なるべく早い方が良いだろうと思い、自分の次の休みに合わせて業者を手配してもらった。
 当日、数十分かけて検査をした業者の作業員さんの答えは「どこも水漏れしていませんね」というものだった。
 だとすると、自分がトイレの水を流したときにきちんと止まっていなかったとか、蛇口をしっかり閉めずにちょっとずつ水が流れていたりしたのだろうか。
 その疑問を作業員さんに投げてみると「いやー、そういうのじゃないと思いますよ。水量がね、普通の家庭が一か月に使う量とかじゃないんで。思いっきり蛇口をひねった状態で数週間放置しないと、この数字にはならないですよ」という返答だった。
 自分が想定していた数字とあまりにかけ離れていた驚きと主に「この料金は自分に請求が来るのか?」という恐ろしい疑問がわき、急いで管理会社に電話をかけ、検査の結果とともに尋ねた。
 すると「失礼しました。こちらの数値の異常はお客様が入居する以前のものでした。もちろん請求がいくこともありません」とのことで、ひとまずは安心した。

 安心した後で思ったのだ。
 自分が入居する前のことなら、ここで亡くなったという前の住人がこの数値の異常に関係があるのでは?
 そして想像してしまったのだ。
 この部屋を借りる段階では全く知らなかった、前の住人と、その人が亡くなった状況を。

 男性が一人で住んでいて、大量の水を流している状況で亡くなった。
 そして、男性が亡くなった状態で発見されるまで数週間の間、水は流れ続けていた。
 水を流しっぱなしの状況ってどんな場合があるだろう。
 風呂に入っていた?
 お湯をためている最中だったかも。
 台所で炊事や洗い物の最中だった可能性もある。
 いずれも普段の生活の、当たり前の日常の風景。そのすぐ隣に死が存在するのだ。

 これは全て、あくまで想像に過ぎない。
 想像した全てが、ひとつとして真実にかすっていない可能性もある。
 それでも、もう、想像してしまったのだ。
 いちど頭に浮かんでしまったものを振り払うのは難しい。
 私はこの先ずっと、水道を使う度に、死の存在を意識し続けるのかもしれない。