第123回 伏見稲荷大社の初午大祭 | ちょい悪爺LEONのブログ

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大阪フィルハーモニー交響楽団のファンで、その演奏会を中心に投稿します。写真撮影は公共交通機関を利用して行ける所を中心に復活しましたが、写真はインスタにpostしています。
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2010/01/31(日)
LEONです。

今日で1月も終わって・・・明日(2月1日)は伏見稲荷大社の初午大祭です。
仕事で京都に行く予定があるので行ってみようと思います。

写真は以前(一昨年?)参拝したときに撮ったものですが、千本鳥居といわれる
ように、多くの鳥居があることで有名です。
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さて、初午については、伏見稲荷大社のホームページに説明があり、少し長い
ですが引用します。

モーツアルトのオペレッタ『こうもり』で実業家アイゼンシュタインが夜会で、仮面の
女を口説いたら実は妻だったというお話がでてきますが、よく似たお話がこの説明
にもでてきます。『今昔物語』の一節だそうです。

引用開始。

初午(はつうま)

今日初午いえば、年中で最も寒い時季に当り、時として節分の前にめぐり来
ることすらあります。しかし古くは旧暦を用いていたので、節分前に初午が来る
ことはなく、もう少し春めいた頃(通常は2月下旬から3月中旬の間)にめぐってき
たものでした。四季のうつろいを敏感にとらえ、その中にもののあわれを見出
した当時の人々は、初午にはこぞって稲荷社に詣でたものでした。

今からおよそ900年近く前、平安時代もいよいよその華やかさを増してきた頃の
こと。当時の下級役人であった茨田重方という近衛舎人が、数人の仲間と共に
手作りの弁当や好物の酒をもって、稲荷詣としゃれこんだことがありました。その
日はちょうど2月初午の日で、春の陽気もたいへん快く感じられ、参詣者も例年よ
り多く、社頭は雑踏を極めていました。

彼等が、下ノ社の参詣を済ませ、山へ入ったところに鎮まる中ノ社の近くにさしか
かると、多数行き交う人々の中に、たいそうめかしこみ美しい衣裳で着かざった、
見るからになまめかしい婦人に出逢いました。重方たちが横柄に参道を歩いて
いるので、その婦人は木立ちに身をひそめて、彼等が通りすぎるのを見送ろうと
しました。しかし彼等は下級役人の気安さと、常日頃から宮廷で婦人達とよもや
ま話をすることにもなれているので、少々気どった婦人に対してでも口を切りだす
方法は心得ており、中でも重方は性来の好色癖から、仲間の舎人がひやかし半
分に笠の下からのぞき込んだり、軽口をたたきながら通りすぎたのに、彼一人は
婦人の間近に寄って、神社の境内も、多数の参詣者もはばからずに口説きはじ
めたのです。

けれども、そうは簡単に重方の口車にのってくるような婦人ではなかったようで、
「奥様のおられる方が、行きずりにおっしゃることなどどうして本気にできましょう」
と答えたのですが、その声は男心を動かさずにはおかないような、艶やかな響き
を持っていました。
「ええ、確かにつまらない妻はおります。しかしその顔はサルのようで、心は卑しい
そのものなのです。そのためにいつも別れようとは思っているのですが、そう
すればたちまち着物のほころびを縫ってくれる者がいなくなるのを、ついつい不
便に思いながら日を重ねているのです。ですから心がふれあう人に出逢ったな
ら、ぜひ早々にそちらに移ろうと思っていたのです」
「ざれ言をおっしゃいますな」
「いいえ、ご社頭で嘘いつわりがどうして言えましょう。年来思い続けてこのお社
にお参りしていたのですが、ついに大神様のお聞き入れくださるところとなったも
のとたいへんうれしく思っているところです。ところで、貴女は今一人でお住まい
ですか。そのお住まいをぜひお聞かせ願いたいものです」
「今はこれといって定まった殿御はありません。かつて宮廷に仕えたこともありま
したが、それを止める人ができたので宮仕えをやめましたものの、その人はいつ
の間にか田舎に引きこもって通って来なくなり、ここ2、3年は、私を見初めてくれ
る人ができるようにと願って、今日もこの稲荷のお社にお参りしたようなわけ
です。本当に私のことを心憎からず想ってくださるのなら、住まいをお教えしたい
ような気持ちになってしまいます。それにしても、行きずりの人がおっしゃること
に、つい乗気になりかけたりしてはしたない。どうぞお気に留めずにお行きくださ
い」

婦人はいかにも決心したかのような調子で行き過ぎようとしたのであるが、重方
はもうひと押しとばかり、その婦人の胸元に烏帽子をさしあてんばかりに、
「ああ、稲荷大神様お助けください。そのようなわびしいことをお聞かせくださる
な。これから貴女のお供をしてわが家には一切足を踏み入れません」

ところが。まるで念ずるような姿をしている重方の髻(もとどり)を、烏帽子ごしにこ
の婦人がしっかりと握って、山が響くばかりに彼の頬に平手打ちをくわせたので
す。重方は、一瞬その意味を理解できず、ふと婦人の顔を下からのぞき込むと、
なんとこれがサルのような顔であるはずの重方の妻であった……という話。

これは『今昔物語』(28)に書かれている話で、茨田重方という人物は実在の人
ですが、ここに物語られている重方と同一人物であるか否かは確かめることが
できません。初午には老いも若きも、男も女もめかしこんで稲荷詣をした様子
が、目のあたりにするように、雑踏の様子が聞こえるかのように、淡々とした表現
ながら生き生きと描き出されています。

引用終わり。