2009/11/23(月)
LEONです。
京極夏彦の百器徒然袋6作品のなかに五徳猫というのがあります。
前にこんなことを書きました。
五徳猫の各章の出だしはこんな感じで・・・やはり組曲になっているようです。
第一章 『ほら見ろ、右手を挙げているじゃないか』
第ニ章 『だから、その右側があたしの奉公先のやってる店なの』
第三章 『---さっきから右だと云ってるだろうがこの愚か者が!』
第四章 『そうなんだ、右ではないんだね』
第五章 『そこの右側がそうですよ』
第六章 『そうそう。右手じゃないんだよ』
第七章 『あの人は右手を挙げてる猫を飾るべきだったんだな』
第一章は招き猫があげているのは右手なのか左手なのかと揉める場面で始まり
ます。
そこで気になるのでWikipediaで調べて見ました。
結論は右手は金運、左手で人を招くということです。
この猫たちは金運を招いていることになります。
中浜稔猫美術館

Wikipediaをちょっと引用してみます。
右手(前脚)を挙げている猫は金運を招き、左手(前脚)を挙げている猫は人(客)を
招くとされる。両脚を挙げたものもあるが、“欲張り過ぎると「お手上げ万歳」になる
のが落ち”と嫌う人が多い。一般には三毛猫であるが、近年では、地の色が伝統的
な白や赤、黒色の他に、ピンクや青、金色のものもあり、色によっても「学業向上」や
「交通安全」(青)、「恋愛」(ピンク)など、意味が違う。黒い猫は、昔の日本では
『夜でも目が見える』等の理由から、「福猫」として魔除けや幸運の象徴とされ、
黒い招き猫は魔除け厄除けの意味を持つ。また、赤色は疱瘡や麻疹が嫌う色、といわれ
てきたため、赤い招き猫は病除けの意味を持つ。
招き猫の由来にはいくつかの説があるが、豪徳寺説が有力とされる。
東京都世田谷区の豪徳寺が発祥の地とする説である。
江戸時代に彦根藩第二代藩主・井伊直孝が鷹狩りの帰りに豪徳寺の前を通りかか
った。そのときこの寺の和尚の飼い猫が門前で手招きするような仕草をしていたため
寺に立ち寄り休憩した。すると雷雨が降りはじめた。雨に降られずにすんだことを
喜んだ直孝は、後日荒れていた豪徳寺を建て直すために多額の寄進をし、豪徳寺は盛り
返したという。和尚はこの猫が死ぬと墓を建てて弔った。後世に境内に招猫堂が建て
られ、猫が片手を挙げている姿をかたどった招福猫児(まねぎねこ)が作られるように
なった。ちなみに、この縁で豪徳寺は井伊家の菩提寺となったといわれる。幕末に
桜田門外の変で暗殺された井伊直弼の墓も豪徳寺にある。
また、同じ豪徳寺説でも別の話も有る。
直孝が豪徳寺の一本の木の下で雨宿りをしていたところ、一匹の三毛猫が手招きを
していた。直孝がその猫に近づいたところ、先ほど雨宿りをしていた木に雷が落ちた。
それを避けられたことを感謝し、直孝は豪徳寺に多くのの寄進をした…というもので
ある。
LEONです。
第一章 『ほら見ろ、右手を挙げているじゃないか』
第ニ章 『だから、その右側があたしの奉公先のやってる店なの』
第三章 『---さっきから右だと云ってるだろうがこの愚か者が!』
第四章 『そうなんだ、右ではないんだね』
第五章 『そこの右側がそうですよ』
第六章 『そうそう。右手じゃないんだよ』
第七章 『あの人は右手を挙げてる猫を飾るべきだったんだな』
ます。
そこで気になるのでWikipediaで調べて見ました。
結論は右手は金運、左手で人を招くということです。
中浜稔猫美術館

招くとされる。両脚を挙げたものもあるが、“欲張り過ぎると「お手上げ万歳」になる
のが落ち”と嫌う人が多い。一般には三毛猫であるが、近年では、地の色が伝統的
な白や赤、黒色の他に、ピンクや青、金色のものもあり、色によっても「学業向上」や
「交通安全」(青)、「恋愛」(ピンク)など、意味が違う。黒い猫は、昔の日本では
『夜でも目が見える』等の理由から、「福猫」として魔除けや幸運の象徴とされ、
黒い招き猫は魔除け厄除けの意味を持つ。また、赤色は疱瘡や麻疹が嫌う色、といわれ
てきたため、赤い招き猫は病除けの意味を持つ。
東京都世田谷区の豪徳寺が発祥の地とする説である。
江戸時代に彦根藩第二代藩主・井伊直孝が鷹狩りの帰りに豪徳寺の前を通りかか
った。そのときこの寺の和尚の飼い猫が門前で手招きするような仕草をしていたため
寺に立ち寄り休憩した。すると雷雨が降りはじめた。雨に降られずにすんだことを
喜んだ直孝は、後日荒れていた豪徳寺を建て直すために多額の寄進をし、豪徳寺は盛り
返したという。和尚はこの猫が死ぬと墓を建てて弔った。後世に境内に招猫堂が建て
られ、猫が片手を挙げている姿をかたどった招福猫児(まねぎねこ)が作られるように
なった。ちなみに、この縁で豪徳寺は井伊家の菩提寺となったといわれる。幕末に
桜田門外の変で暗殺された井伊直弼の墓も豪徳寺にある。
また、同じ豪徳寺説でも別の話も有る。
直孝が豪徳寺の一本の木の下で雨宿りをしていたところ、一匹の三毛猫が手招きを
していた。直孝がその猫に近づいたところ、先ほど雨宿りをしていた木に雷が落ちた。
それを避けられたことを感謝し、直孝は豪徳寺に多くのの寄進をした…というもので
ある。