第101回 君しかいない | ちょい悪爺LEONのブログ

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大阪フィルハーモニー交響楽団のファンで、その演奏会を中心に投稿します。写真撮影は公共交通機関を利用して行ける所を中心に復活しましたが、写真はインスタにpostしています。
同時に当ブログにリンクを貼っていますので、そちらも見ていただければ嬉しいです。

2009/10/24(土)
LEONです。

山崎豊子『沈まぬ太陽』全5冊を読み終えました。
そして今日から映画も公開されます。
近々,観にいくのを楽しみにしています。


さて、こんな経験ないでしょうか?

たとえば生徒会役員
担任に呼ばれて
『今年は君が立候補しなさい』『やれるのは君しかいないから』
嫌だといっても
『先生方も何かあったら全面的にバックアップしてくれるから』と。
しかし、なったらなったで
『君は役員なんだから・・・』『役員のくせして・・・』
とバックアップどころか袋叩きにされる始末。

あるいはサラリーマンの出向内示
上司に呼ばれて
『相手方の実情に精通している君にしか、この仕事は勤まらない』
何で自分がと思いながらも社命に逆らえずしぶしぶ受けた。
数年後、本社のエレベーターで出会ったかつての上司に
『おお、君は今どこに居るんだったっけ?』

こんな経験ないでしょうか?



さて、沈まぬ太陽のそもそものスタートはここから始まります。

恩地を運命づけたのは、社内の掲示板に張り出された一枚の張り紙だった。
1961年6月、国民航空労働組合の新委員長を告げる掲示であった。

現組合委員長から後任は『君しかいない』,『君をおいて他に無い』といわれ、
それでも固辞したのですが、それにもかかわらず本人の預かりしらぬところで、委員長に
なってしまうのです。
なった以上は、空の安全を守るため大活躍をするのですが、それがあだとなり10年にも
及ぶ海外盥回しの刑になってしまうのです。それもカラチ・テヘラン・ナイロビと。

日本航空の元組合委員長小倉寛太郎そのひとであります。


日本航空ジャンボ機123便墜落事故のあと、ことの重大さを感じ取った総理大臣は
社長の頸を切り、後任社長を物色し、ある人物に定めを付けると三顧の礼をもって
口説き落とします。この人物も固辞するのですが、ついに三度目に引き受ける決意をし、
会長に就任するのです。

当時の首相は中曽根康弘で、会長を引き受けたのは伊藤淳二元鐘紡会長であります。
間を取り持ったのは瀬島隆三でありました。
瀬島隆三は山崎豊子の『不毛地帯』の主人公のモデルでもあります。

会長の大改革には、利権を失うことを恐れる政治家・官僚・御用組合OBなどの魑魅魍魎が
立ちはだかるのです。
しかし中曽根も瀬島も結局は全面支援どころか、最後は辞表も受け取らず更迭という非情な
発表をするのです。

『君しかいない』・・・にはご注意を!