2009/09/01(火)
LEONです。
LEONです。
今日はLEONにとって思い入れのある阪急京都線南茨木駅の駅名由来に触れます。
といってもこれも南茨木という地名からきているわけで、これを探るには
茨木という地名の由来を探らなければなりません。
といってもこれも南茨木という地名からきているわけで、これを探るには
茨木という地名の由来を探らなければなりません。
【茨木タウン】というサイトには同地の歴史を詳細とともに由来も書いてある
のですが、あっさりしすぎてよくわかりません。
ちなみにこんな感じです。
のですが、あっさりしすぎてよくわかりません。
ちなみにこんな感じです。
茨木の名前の由来
茨木の地名の由来には、「イバラの木が多く茂っていたから」や、
「イバラを切って屋根をふいた時、茨切がなまって“茨木”となった」などの諸説があります。
茨木の地名の由来には、「イバラの木が多く茂っていたから」や、
「イバラを切って屋根をふいた時、茨切がなまって“茨木”となった」などの諸説があります。
Wikipediaで【茨木神社】見てみましたところ、当神社の縁起に次の記述があり
ました。
ました。
大同2年(807年)、坂上田村磨が荊切の里(地名「茨木」の由来)を作った際、
今は奥宮となっている天石門別神社が創建されたのに始まると伝えられる。
当時は、現在の茨木市宮元町に鎮座していた。天石門別神社の名は、
「延喜式神名帳」にも見える。楠正成が茨木城を築くに当たって現在の位置へ
遷座し、以後代々城主の崇敬を受けた。
今は奥宮となっている天石門別神社が創建されたのに始まると伝えられる。
当時は、現在の茨木市宮元町に鎮座していた。天石門別神社の名は、
「延喜式神名帳」にも見える。楠正成が茨木城を築くに当たって現在の位置へ
遷座し、以後代々城主の崇敬を受けた。
こっちのほうがわかりやすいですね。【荊切の里】の荊切からきているということ
でしょう。
でしょう。