2018/12/04(火)
LEONです。
一昨日は京都コンサートホールまで出かけてきました。
広上淳一/京都市交響楽団が演奏する岸田繁の交響曲第2番の初演を聴いてきました。
いつものごとく、折角京都に行くなら洛北の圓光寺で紅葉撮影もしようとしましたが、今回は演奏会に集中しようと思いなおし、一目散に京都コンサートホールに行きました。
なにしろ初演ということで予習ができないし、聴くほうも本番一発真剣勝負で臨まないといけないからです。
朝から、交響曲第1番初演のハイレゾ音源を聴いてイメージを叩きこんでいきましたが役にたったとは言えません。
でも一応感じたことを書いておきます。
クラシック音楽界における現代音楽は伝統的な古典派やロマン派や後期ロマン派などを超越すべく無調音楽(調性を無視・否定した音楽)などで新しい音楽に挑戦してきたとされていますが、わたしはまったく評価できません。
ただのごまめの歯ぎしりだと感じています。
だって、一度聴いても二度と聴きたくありませんから。
現代音楽という言葉だけを今の音楽と定義するより、ただのそういう音楽学派と理解したほうがいいと思うし、一方、脈々と『現代音楽でない音楽』は続けられていていることを認識しなければならないと思います。
これ
を読むとわかりやすい。
吉松隆さんが所長の『月刊クラシック音楽探偵所』の2007年4月号にこんな記事があります。
20世紀における『現代音楽でない音楽』の系譜
http://yoshim.cocolog-nifty.com/office/2007/04/20_98cd.html
『現代音楽』の失敗でクラシック音楽はジャズやポピュラーに駆逐されてしまったような昨今ですが、岸田繁の音楽はどこか『新しいクラシック音楽』を感じさせてくれました。
今回の交響曲第2番は形式的には4楽章という構成で、1楽章から3楽章はソナタ形式でアレグロ楽章、緩徐楽章、舞曲楽章を伝統を踏襲しているようでした。
もちろん、4楽章それぞれにロ短調、ニ長調、ニ長調、イ短調としっかり調性があります。
あえて今風を見れば、作曲技法にDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)を利用していることのようです。
青澤隆明氏のプログラム・ノートによれば
ワーグナーのトリスタン和音
スクリャービンの神秘和音
フィボナッチ数列をとる拍節構造 などを採用しているらしいですが、これは一度聴いたぐらいではわからなかった。
こういう現代音楽的手法も取り入れながらもクラシック音楽のベースとなる美しいメロディーやハーモニー、多彩なリズムなどは基本としています。
今まで知らなかった岸田さんのバンド『くるり』の新作アルバム『ソングライン』も聴いてみたけどなかなかいい。
岸田さんが語るオーケストラ作品の作曲とは
伝統的なクラシック音楽の形式を学びながら、ポップスの楽しさ、各地で歌い続けられる民謡の美しさ、ロックののエネルギー、ジャズの味わい深さ、レゲエの優雅さ、DAWによる最新の音作りなど、すべてを動員することができる、とても楽しい作業です。どんな時も、作る音楽はソウルミュージックでありたい、と思っています。
広上/京響の演奏もすばらしかった。
初演のリハって何日ぐらいやるんでしょう?
通常のリハは3日間でしょうがねエ。
演奏後、客席中央で聴いていた岸田さんがステージにあがり、広上さんの質問に答えて言った感想が面白かった。
『初めて鏡で自分の姿を見た時のような感覚です。』
客席はいつものクラシックの演奏会と全く違う雰囲気でした。
なにしろ若い。
華やか。
いい匂い。
初めてクラシック演奏会にきたひとも多かったようですが総じてマナーは良かった。
楽章間に拍手が入る。悪くない。曲の全体感に特に問題なかったと思います。
マナーが悪いのは加齢臭のジジババ連中。
余韻も感じないないうちにフライング退席もジジババ連中。
少ないから余計目立つ。
最近の若い人、なかなかいいよ。
いい演奏会でした。
100年後のクラシック界に名曲として残ってくれればうれしいなぁ。
第3番第4番・・・と続けていってほしい。

