人生のスパイス
いやー、本当にいままでの人生で一番慌ただしい年末年始でした、というか現在もですが…。
かい摘んで説明すると、まず昨年のクリスマス前に母が交通事故にあって左足を骨折。(完全に母の不注意ですが…)
骨折以外は別状なかったのでギブスと松葉杖で済んだのは不幸中の幸いでした。しかし、これまで大した怪我をしたことない母のその姿にはさすがの僕も痛々しくて涙が出てしまいました。
さらに年明け、今度は母が面倒を見ていた祖母の容体が悪化し、昨夜緊急手術して現在ICUへ。(脳動脈瘤~くも幕下出血)
実は半年まえに脳動脈瘤を見つけてはいましたが、非常に手術が困難な場所らしく、高齢ということも有り温存治療してきました。つまり爆弾を抱えて居る状態でしたので、こうなることも家族間では覚悟していました。今の状態もかなり厳しい容体で、高齢ですし、もしかするとこれが祖母との最後になるかもしれません。
と、まあ、これだけみたら不幸の畳み掛けなんですが、しかし、ものは考えようで見方を変えると色んな意味でタイミングがよかったのだと思えたりします。
まず、母も自分も年末年始で仕事の休みが重なっていたこと。骨折をしてギブスをしたけど冬であること。昨年の真夏日だったりしたら、ギブスはかなり辛いですからねぇ。
さらに共に暮らし介護することになかなかタイミングが身図れず、ずっと躊躇していた母と祖母を、骨折を機に一つ屋根の下で暮らす様に出来た事。
そして僕も含め、クリスマスとお正月を何十年かぶりに共に過ごし、祖母が大好きなケーキとお寿司をみんなで食べて、祖母が具合悪くなった時にも僕と母がそばに居られたこと。
病院の行き帰り、ふと気がつくと母と祖母と小さな頃に過ごした時間が走馬灯の様に蘇って、うまく言葉にするのは難しいですが親子や人生の様々な深みを思い知りました。
こんなごく個人的な内容なので、いつもブログを観てくれる人に心配かけてしまうと思い、書こうかどうしようか迷っていたのですが、何か共有できる思いがあるかもしれないと思い書いてみました。
本当に言葉にするのは難しいですが、やはり実際に経験してみないとわからない思いや心の動きというものが思っている以上に沢山あるんだということですね。頭ではわかったつもりでも本当に感じるということがものすごく大きな意味で、そして人生のスパイスなんだと思います。
iPhoneからの投稿
かい摘んで説明すると、まず昨年のクリスマス前に母が交通事故にあって左足を骨折。(完全に母の不注意ですが…)
骨折以外は別状なかったのでギブスと松葉杖で済んだのは不幸中の幸いでした。しかし、これまで大した怪我をしたことない母のその姿にはさすがの僕も痛々しくて涙が出てしまいました。
さらに年明け、今度は母が面倒を見ていた祖母の容体が悪化し、昨夜緊急手術して現在ICUへ。(脳動脈瘤~くも幕下出血)
実は半年まえに脳動脈瘤を見つけてはいましたが、非常に手術が困難な場所らしく、高齢ということも有り温存治療してきました。つまり爆弾を抱えて居る状態でしたので、こうなることも家族間では覚悟していました。今の状態もかなり厳しい容体で、高齢ですし、もしかするとこれが祖母との最後になるかもしれません。
と、まあ、これだけみたら不幸の畳み掛けなんですが、しかし、ものは考えようで見方を変えると色んな意味でタイミングがよかったのだと思えたりします。
まず、母も自分も年末年始で仕事の休みが重なっていたこと。骨折をしてギブスをしたけど冬であること。昨年の真夏日だったりしたら、ギブスはかなり辛いですからねぇ。
さらに共に暮らし介護することになかなかタイミングが身図れず、ずっと躊躇していた母と祖母を、骨折を機に一つ屋根の下で暮らす様に出来た事。
そして僕も含め、クリスマスとお正月を何十年かぶりに共に過ごし、祖母が大好きなケーキとお寿司をみんなで食べて、祖母が具合悪くなった時にも僕と母がそばに居られたこと。
病院の行き帰り、ふと気がつくと母と祖母と小さな頃に過ごした時間が走馬灯の様に蘇って、うまく言葉にするのは難しいですが親子や人生の様々な深みを思い知りました。
こんなごく個人的な内容なので、いつもブログを観てくれる人に心配かけてしまうと思い、書こうかどうしようか迷っていたのですが、何か共有できる思いがあるかもしれないと思い書いてみました。
本当に言葉にするのは難しいですが、やはり実際に経験してみないとわからない思いや心の動きというものが思っている以上に沢山あるんだということですね。頭ではわかったつもりでも本当に感じるということがものすごく大きな意味で、そして人生のスパイスなんだと思います。
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