期末テストが終わり、夏休みに入った。
赤点をギリギリ回避した土生がはしゃいで
「4人でお疲れ様会しようよ!」
なんて言うから、この週末は土生の家でちょっとしたパーティーをすることになった。
…が、しかし、当日。
部活が終わって外に出ると、雨が降っていた。
「…なにこれ、デジャブ?」
小林が呟く。
「何でこばは傘を持たないの?」
隣の理佐は呆れた顔で文句を垂れた。
この日は、土生と小池が先にパーティの準備をしてくれていて、理佐と小林はそれぞれの練習が終わった後に合流という算段になっていたのだが…
ひと足早く練習を終えた理佐は、小林の部活が終わるのを待ってくれていたのだ。
「…だって、天気予報見てなかった…。」
「天気予報は見なさい!」
「それは…言い返す言葉も見つかりません…。」
天気予報見ようって思っても、朝バタバタしてて結局見ずに家を出てしまう癖は、いつまで経っても抜けなかった。
「いや、でもね。」
小林はどうにか言い訳をしようとする。
「私雨女なのよ。天気予報が晴れでも、私が外に出ると雨が降るの。」
「じゃあ常に傘を持ち歩け!」
「それはごもっともです。」
結局言い負けて、小林はシュンとする。
「…ったく、傘入れてあげるから、ほら。」
そう言って理佐は傘をさし、小林の腕を引っ張った。
自然と近寄る理佐との距離。
触れ合う腕。
こうやって隣に並ぶと、結構背が高いんだなって感じて、歩き出した理佐の顔を見上げる。
筋の通った高い鼻、垂れた目、顎のライン…
全てが整っている綺麗な横顔に、思わず見惚れてしまう。
「ん?」
視線に気付いた理佐がこちらを見て、目が合う。
サッと反射的に目を逸らし、
「いや、右肩…濡れてるから。」
なんて慌てて話題を逸らした。
実際、理佐は傘をこちら側に寄せていて、おかげさまで小林の肩は濡れていなかったけど…
「俺は大丈夫。濡れ慣れてる。」
「濡れ慣れてるって何それ。」
「細かいことは良いんだよ!ほら、急ぐぞ!」
誤魔化すように理佐は歩く速度を速める。
この約3か月で、理佐は結構シャイで、自分より他人を優先させるタイプで、友達想いなんだってことが分かって…
初めは感じの悪い奴だと思っていたのに、ほんとは誰よりも優しいことを知ってしまった。
自分のことはもうちょっと大切にして欲しいけど…。
「ほんと素直じゃないよねぇ。」
小林が呟くと、
「うるさいな。」
と理佐は言い返す。
ちょっとだけムスッとして唇を尖らせた理佐を見て、思わず頬が緩んだ。
でもすぐに、どうした自分、と心の中で突っ込んで首を振る。
ここ最近、理佐にはほんとに調子を狂わされている。
「あ、てかこば、もうすぐ吹奏楽コンクール始まるんだよな?」
理佐は何事も無かったかのように話を切り替えた。
「あ、うん。もうすぐ。」
「そっか…。土生から聞いたけど、こばってテスト期間中も練習してたんだろ?偉いよな。」
「まぁ…鈍っちゃうとコンクールに影響出るしね…。」
「こばの原動力ってどこから来てるの?」
理佐にそう聞かれて、小林は考える。
サックスを始めたきっかけは、母親がサックス奏者だったから。
ステージに立つ母親に憧れて、自分もああなりたいって思ってた。
そんな憧れの母は、死んでしまったけど…。
「死んだお母さんの影響かな。お母さんの努力を間近で見てたし、憧れだったから。だから辛くても頑張れる。」
小林はそう言いながら、母の顔と言葉を思い出していた。
"由依は強い子だから、私が居なくてもきっと__"
「__こば??」
「わ!!」
理佐に横から顔を覗き込まれ、小林は反射的に仰け反った。
「び、びっくりした…!」
「こばがボーッとしてたから。」
「ごめん…。」
「大丈夫?」
「うん、ちょっとお母さんのこと思い出してさ…。」
小林がそう言うと、理佐は「そっか…。」と呟き、黙ってしまった。
「……理佐?」
小林が呼びかけると、理佐は立ち止まった。
釣られて立ち止まる小林。
「……おれ、応援してるからな。こばのこと。」
理佐は目を逸らし、少し下を向いて、鼻を擦りながらそう呟いた。
鼻を擦るの、癖なのかな。
なんて考えつつ、素直に嬉しくて何だかくすぐったくて。
そして、ちょっと意地悪したくなった。
「声小さくてよく聞こえないんだけど。」
そう言うと、理佐は恥ずかしそうに小林の目を見た。
「…だから、要するに頑張れってこと!!以上!!」
早口でそう言い残し、理佐はスタスタと歩いて行く。
いつの間にか小林は傘から外れていた。
「いや、私濡れてるから!」
って慌てて理佐に追いつくと、
「あ、ごめん。」
なんて、わざとなのか天然なのか分からないトーンで呟いた。
その後、土生の家に着くまでの間は沈黙が続いた。
雨の音で誤魔化せたけど、正直、晴れていたら心臓の音が理佐に聞こえてしまっていたんじゃないかと思う。
やっぱり最近、調子を狂わされている気がする。
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その頃
土生と小池は、土生の家でパーティーの準備を進めていた。
パーティーと言っても簡単な料理を準備するだけのはずだったのだが、土生は気合いを入れてカレーを作っている。
「みいちゃん、次はこれ切っといて。」
テキパキと手際よく工程を進めていく土生は、小池にも的確な指示を出す。
いつもカフェの手伝いをしているとはいえ、土生がこんなに料理出来るなんて思わなくて、思わず感心してしまう小池。
でも小池は料理し慣れていなかったから、支持通りに事が進まない。
「えっと…どうやって切ったらええの?」
「これは半月切りにしといて。あ、半月切りは分かる?」
「それはさすがに分かる。」
「うん。じゃあお願い。」
「おっけー。まかせとき。」
土生に言われた通り、小池は野菜を切っていく。
でも、持ち慣れない包丁は思い通りに扱えなくて、ガタンっという音とともに野菜は小さく跳ねる。
「みいちゃん危なっかしいよ!」
土生は即座に横から小池の手を持ち、一緒に野菜を切りだした。
「これはね、こうやって持って、んでまっすぐ滑らすといいよ。」
「う、うん。」
少し横を向けば、顔が触れてしまう程に近い距離にいる土生に、小池の心臓は飛び跳ねる。
土生はすぐに手を離してしまったけど、小池の動揺がおさまることはない。
「手切らないように気をつけてね。」
土生は平気な顔をして、また料理を再開する。
ドキドキしてるのは自分だけで、土生はこういうのに慣れてるんだろうな、と思うと少し虚しくなる。
学校で1番モテる土生と、平凡な自分なんて釣り合わないし、初めは眺めているだけでも良いなんて思っていたのに。
土生との距離が近づくほどに欲が出てきてしまって、抑えきれない気持ちが溢れて。
土生は今まで、どんな恋をしてきたんだろう。
ふいにそんなことが気になってしまう。
噂によれば、両手じゃ足りないくらい恋人が居るらしいけど…。
「土生くんはさ。」
まな板を一点に見つめ、話を切り出す。
「うん?」
「今までどんな恋してきたん?」
こんなこと聞くのは野暮かもしれないけど。
好きな人が今誰を想っているのか、今までどんな恋愛をしてきたのか、知りたくなるのはきっとおかしいことではないだろう。
ましてや色々な噂が絶えない土生のことだ。
土生は
「急にどうしたの?」
なんて少し困惑しながら、指を折って何かを数え始めた。
「ちゃんとした恋は今までしてないんだよね。色んな子と浅い付き合いしてるだけ。」
涼しい顔で衝撃発言をする土生。
小池の胸は痛んで、やっぱり自分は恋愛対象ではないのだと辛くなる。
「最低って思ったでしょ?ははっ。でも俺、本気の恋はしないようにしてるからさ…。」
「え、何で?」
「人って急に居なくなっちゃうんだよ。」
そう言った土生の目は、今までに見たことがないくらい寂しげで切なかった。
もしかしたら過去に何かあったのかもしれないけど、小池は何も聞かなかった。
「だから、本気で好きにはならない。その人のこと大切であればあるほど、居なくなった時辛いからね。」
切ない顔をして、土生は言った。
「…でもさ、好きになっちゃうことだってあるでしょ?」
「そりゃあるかもしれないけど。そう言う時は気持ちを抑えるだけ。」
「でもそれってさ…色んなことから逃げてるだけやん。自分の気持ちからも、相手からも…。」
小池の口からポロッと本音が溢れた。
ハッと気付いて、小池は慌てて口を押さえて「ごめん。」と呟いた。
「ううん。いいんだよ。その通りだから。分かってるよ、俺だって。色んなことから逃げてるって。でもそれで良い。」
土生はそう言って、いつの間にか止まっていた手を再び動かし始める。
小池は「そっか。」と呟く。
そして少しの沈黙のあと、「じゃあさ…。」と切り出した。
「もし、土生くんのことを本気で好きな子がおったら、どうするん?その子とも、浅い付き合いしかしぃひんの?」
「うーん…誰かに本気で好きになられたこと無いからなぁ。皆、俺のこと丁度いい遊び相手としか思ってないだろうし。分かんないや。」
土生はそう言って、切なそうに笑った。
「…土生くんのことを本気で好きな人、ちゃんといるんだよ。」
小池がそう言うと、土生は顔をあげて小池を見つめた。
少し驚いたように目を丸くした土生に、小池は慌てて「……きっといるはず。」と付け加える。
すると土生は
「ありがとう。」
ってホッとしたように笑った。
その後、2人の空間を沈黙が支配する。
気まずさを誤魔化すように、2人は料理に没頭した。
数分後
ガチャっとドアが開く音で、土生は安堵したように笑った。
「2人とも待ってたよー!」
そう言って玄関へと向かい、小林と理佐を出迎える土生。
一気に騒がしくなった部屋で、これからパーティが始まる。