土生の家は1階がカフェ、2階が生活スペースになっている。

裏の玄関から階段を上ると一般的なキッチンとダイニングがあって、土生と小池が準備してくれているカレーが鍋の中に入っていた。

美味しそうな匂いが鼻をくすぐり、お腹を空かせた小林の食欲を掻き立てる。

「凄い!2人で作ったの?」

「うん!って、私はほとんど何もしてへんけど…。」

小池は申し訳なさそうに土生を見た。

土生はハハハッて笑いながら言う。

「みいちゃん、包丁の扱い方が危なっかしくてソワソワしちゃったよ。」

「だって料理なんてほとんどしたことないもん…。」

そう言って肩を落とす小池に、土生はすかさずフォローを入れる。

「みいちゃん、練習すれば上手くなるよ。」

「…うん。そうだね。」

小池の笑った顔が少し辛そうに見えたのが気になったが、きっと料理が出来なさすぎて打ちひしがれただけなのだろうと、小林は思うことにした。

土生は至って普通だし、2人は良さげな雰囲気で笑い合っているし…。

小池の想いはきっと、報われる。
報われて欲しい。小林は強く願っていた。

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「じゃあ、テストお疲れ様と理佐の復帰を祝って、かんぱーい!!」

土生はジュースを高らかに掲げた。

「「かんぱーい」」

小池と小林も続くようにジュースを掲げる。

「だから、そんなに大々的にしなくていいって。」

理佐は不満を漏らしながらウーロン茶を飲む。

「そんなこと言って、嬉しいくせに。」

土生が肘で理佐を突くと、理佐は

「うるせぇ。」

と照れくさそうに笑った。

小林は皆が楽しそうにしてるのを微笑ましく思いながら、2人が作ったカレーを口に運ぶ。

ふわっと口に広がる懐かしい味。
昔、母親が作ってくれた味にそっくりで、切なさが込み上げる。
この味が大好きだったなぁ、なんて思い出に浸ってしまって、もう戻れない過去を懐かしんでしまう。

「うん、凄く美味しい。」

誤魔化すように、小林は言葉を発した。

「このカレー、うちの隠れ人気メニューだからね。知る人ぞ知る裏メニューなんだ。」

土生は嬉しそうに説明する。

野菜が少し大きめなのは、小池が切ったからだろうか。

「このカレー久しぶりに食べたけど、やっぱ美味いな。昔マスターが作ってくれたやつと同じ味だ。」

理佐も過去を懐かしむかのように、カレーを味わう。

「そりゃ、叔父さんから受け継いだ味だからね。昔はよく友香と理佐と3人で食べてたよね、このカレー。」

土生の問いかけに、理佐は一瞬の間を置いて

「…ああ。そうだったな。」

と返す。
少しだけ理佐の顔が切なげに曇ったのを、小林は見逃さなかった。

その表情に、心臓がつままれるように苦しくなる。

「友香って?あ、もしかしてあの写真の人?」

小池は「ずっと気になってたんだ」と言ってダイニングに飾られた写真を指す。

それは、幼い土生と理佐、そして1人の少女が並んで笑っている写真だった。
そこに写っている3人は、心の底から楽しそうに笑っていた。

「菅井友香って子で、俺たちの2歳年上の子だよ。大企業の社長の一人娘で、俺たちとは違う世界の人。今はアメリカに留学中なんだ。」

土生は懐かしむように写真立てを持つ。

「何でそんな凄い人と2人は仲良かったん?」

小池が問うと、土生は記憶をたぐり寄せるように話し始めた。

「…ある日、家出して泣いてる友香と出会ってね。俺と理佐は友香を励ますために、ちょっとだけ冒険しようって言って、3人だけで遠くに行ったんだ。そしたら仲良くなっちゃって、ね?」

「…その後めちゃくちゃ怒られたけどな。」

「そうそう、菅井家の執事とか総動員で友香探してたみたいで、『お前らが友香様を唆したのかー!』って。んで、お屋敷にまで連れて行かれて、友香のお父さんにも怒られて、『友香とは二度と会うな!』って。でも友香がそれに反抗して修羅場。怖かったねー、あれは。」

この世の終わりかと思った、なんて言って明るく笑う土生と、ずっとどこか切ない目をして笑っている理佐。

対象的な2人だけど、きっと楽しくてかけがえのない日々だったことに間違いはないんだろうな、と小林は悟る。

「まぁ色々紆余曲折あって、結果的に友香のお父さんは許してくれて、時々俺たち3人は遊ぶようになったんだよね。友香が高校生になるタイミングでアメリカに行ったから、それからは会えてないんだけど。」

土生は写真立てを元の位置に置き、呟く。

「夢みたいな日々だったよな。」

「…そうだな。」

理佐もまた、呟く。

その表情に、小林の胸は騒ついた。


理佐はきっと、菅井さんのことが好きだったんだ。


そんな小林の直感が脳内を走り抜ける。

だって、あんなに切なそうに、でも優しく笑う理佐は初めて見るから…。

「理佐がハイジャン始めたのも友香がきっかけだもんね。」

土生のその一言で、疑念が少しずつ確信に変わっていくのが分かった。
同時に小林の中で、モヤっとした感情が渦巻いていくのも感じる。
その理由は分からないけど。

…分からないけど、

理佐が土生の口を塞ごうと慌てている光景を、小林はどこか遠くから見てるように感じていた。

「おい土生、それは絶対言うなよ!やめ___ 」

「___オリンピックの選手見て、友香がカッコいいって呟いた!」

土生は理佐の静止を振り切って、早口で全てをバラした。
理佐は諦め、ガックリと項垂れる。

「その言葉に何故か対抗心燃やしてさ。それが、理佐がハイジャンを始めた理由だよねー?」

意地悪な顔をした土生が、理佐に問いかける。
理佐の顔は真っ赤だ。

「あくまで、小学生の頃の話だからな!?あくまで始めたきっかけがそうだっただけで、今は純粋に競技が好きで…。」

段々と小声になっていく理佐。
仕返しと言わんばかりに、理佐は土生を指さす。

「土生、お前だって同じ時期に始めたんだから同類だろ??」

「俺は理佐がやってるの見て楽しそうだな〜って思っただけで___ 」

「____いや、お前だって友香のことが____ 」

「____あーストップ!」

土生は理佐の口に手を当てた。

「…これ以上はやめよ?2人とも困惑してるから。」

「お前が仕掛けてきたんだろ?俺だけバラされるなんて納得いかないな。」

理佐は眉をひそめる。
しかし、唖然とこちらを見る小池と小林の姿を見て、言いたい言葉を飲み込んだ。

「……あ、ごめん、なんか2人で盛り上がっちゃった。」

理佐の言葉に、2人のやりとりを唖然と見ていた小池はハッと我に帰る。

「なんかよく分からんけど、ほんま仲良いな2人とも。な、由依ちゃん。」

「ん、ああ、うん、そうだね。」

小林は必死に平静を取り繕う。

心の中は散らかりっぱなしだったけど。

どうしてこんなにモヤモヤしてしまっているのかなんて、自分で気付けるはずもなく。

小林は皿に残っていたカレーを口に詰め込んだのだった。