数日後


始業式、入学式と春の行事が一通り終わり、新しいクラスでの初めての昼休み。


ガヤガヤと騒がしい空間に、小池の声が響いた。


「何それ、めっっちゃ羨ましい!!」


一瞬でクラスは静まり返り、視線が2人に集まる。


「みいちゃん、声でかいって。」


小林は慌てて小池の口を押さえる。


小池は「ごめんごめん。…で?どういうシチュエーションやったん?」と、小声で囁く。


「だから、部活終わりにさ__ 」


小林はこの間あった出来事を事細かに小池に話した。


全てを聞いた小池は、羨望の眼差しを小林に向ける。

それはまさに、恋する乙女だ。


「いいなぁ。私も、土生くんに送ってもらいたい…。」


「いやでも大変だったんだからね?チンピラほんと怖かったんだから。」


「それはそうやな…。無事で何よりです…。」


「まぁでも、なんていうか…誤解してたけど、意外と2人とも良い人なんだな、って思った。」


「せやろ??良い人やねん、土生くんは。渡邉くんはよぉ知らんけど。」


なんて言いながら、小池は弁当箱を開ける。


ほんとに土生くんしか目に入ってないんだな、と呆れてしまうほどに一途な小池を、小林は心底応援したいと思った。


「「いただきます。」」


と2人で手を合わせ、弁当を開けながら話を続ける小林。


「でさ、渡邉理佐って、陸上部のエースだったって言ってたよね?今は違うの?」


昨日、何となく気になった話題を振ると、小池は「さぁ、よく知らん。」と首を傾ける。


「でもなんか、全校集会で表彰されてたよな、去年の夏頃までは。インターハイの走り高跳びで入賞した、とかなんとか。名前呼ばれるたびにキャーキャー言われてたやん。」


そういえば、と小林は古い記憶を呼び戻す。


全校集会なんて基本ボーッとしてるだけだから、ほとんど記憶は無いのだけど。

ウトウトしてる時に女子の黄色い歓声で起こされたことだけは覚えていた。


「ああ、あれか。」


「でも最近は表彰されてへんねん。噂では怪我したとか言うてたけどな、詳しくは知らへん。」


「そっか。ありがと。」


「ううん。…でも、急にどうしたん?由依ちゃんが他人にそんな興味示すの珍しいな。」


小池の言葉に、ドキッと胸が高鳴る。

小林は慌てて言葉で誤魔化す。


「ああ、違うの。別に興味は無いんだけどね。クラスメイトだからさ、一応ね。」


「ふーん。そういえば、渡邉くん途中から授業おらんかったな。どうしたんやろ。土生くんも、いつの間にか消えてるし。」


小池がクラスを見渡す。

釣られるように小林も見渡すが、2人は確かにいなかった。

土生くんはさっきまで確実に居たと思うけど。



________



昼間とはいえ、4月だからまだ少し肌寒い屋上で、理佐はベンチに横たわっていた。


真っ青な空。

寝そべってボーッと見ていても、大きく景色が変わることはない。

高い場所から見る青空は好きだけど、ただ寝そべって見る青空はどこかつまらない。


それは、あの高揚感を知っているから。


力強く踏み切った左足から放たれる縦方向の跳躍。両足が地面から離れ、ほんの一瞬の浮遊感に包まれる。


ほんの、一瞬。


でもその一瞬に、真っ青な空が視界に広がって、まるで自分が青空に包まれ、鳥のように自由に飛んでいるかのような錯覚に陥る。


あの永遠のような一瞬に勝る高揚感を超えるものを、俺は知らない。


いつからだろう。

その高揚感が味わえなくなったのは。

いつからだろう。

跳ぶことが、怖くなったのは____




「初日から何サボってんの。」


聞き覚えのある声と共に、何かが理佐の顔の上に落ちてきた。

視界は遮られ、青い世界は一気に真っ暗に染まる。


その独特な匂いから、それは雑誌だと理解するのに時間はかからなかった。


「痛いな。何すんだよ。」


理佐は顔の上の雑誌を退け、静かに怒りを露わにする。

視界を真っ暗にした犯人の土生は、悪びれもなく近くの椅子に座った。


「そのページ、読んでみなよ。平手のこと書いてある。」


その名前に、理佐は眉間に皺を寄せた。


読まなくても知ってる。

それをいちいち言いにきたのか?と、土生に対する怒りが湧いてくる。


「"平手友梨奈、また新記録!"だって。去年のインターハイの時に出した理佐のベスト記録も、あっという間に抜かれたね。」


「嫌味言いにきたのか?」


「うん。だって、理佐がいつまで経ってもグレてるから。」


「……。お前には関係ないっていつも言ってるだろ。」


「いつもそうやって空見てるのも、心のどこかにまた跳びたいって思いがあるから。」


「………。」


核心を突いた土生の言葉は、理佐を動揺させた。


「…意味わかんねぇって。跳びたいと跳べないは違うんだよ。」


理佐はそう言って、ベンチから起き上がる。


「理佐、ほんとは怪我治ってるでしょ?」


「違う…。」


俺が跳べないのは全て、俺の問題だ。

俺が弱いからだ。

だから、ほっといてくれ。


理佐は土生に背を向け、屋上の出口へと向かっていく。


「未練だってあるんでしょ?俺も手伝うからさ、また跳ぼうよ。」


土生の呼びかけも無視して、歩みを止めることは無い。

しかし、1人の名前が出た瞬間、理佐は歩みを止めた。


「友香もきっと、それを望んでるんじゃないかな。」


その名前を聞いた瞬間、理佐の中で閉じ込めてた感情が滲み出るように湧き出す。


『理佐の跳ぶ姿、好きだなぁ。』


そう言ってくれたあの人は、きっと今の俺を見て失望するだろうな。

でも…


「ごめん、でもやっぱり俺…。」


「いいから、今日の放課後、昔練習してた競技場に来て。待ってる。」


そう言い残し、土生は屋上から去っていく。



屋上に取り残された理佐は拳を握りしめた。肌寒い屋上で1人、立ち尽くして。


本当は、どうにかしたい。

そんな思いだってあるんだ。