朝の時点では晴れていたのに、4限が終わる頃には空は曇りがかっていた。

授業が終わるチャイムが鳴る。

「進路希望調査、今日までだからな〜。まだ出してない奴は今日中に出せよ〜。」

担任の土田は授業を終えてすぐ、クラスに圧力をかけながら教室から出て行く。

その瞬間が、昼休みの合図だ。


土生と小池、小林はすぐに屋上へと向かう。

理佐はすでに屋上にいた。というか、授業をまたサボっていたらしい。


すっかり日常になった、4人で過ごす昼休み。

「ねぇ、皆は進路希望調査出した?」

小林は弁当の卵焼きを箸で掴んで、皆を見渡す。
今日は珍しく、理佐も輪の中に入って弁当を食べていた。

「出したよ。俺は進学しないからさ。」

土生が言うと、すかさず小池が訊ねる。

「土生くんは叔父さんのカフェ継ぐん?」

「うん。そのつもり。しばらくは色んな店で修行して、その後になるけどね。」

「そっかぁ。由依ちゃんは?」

「私も出した。音大行くつもりだから。」

「ああ、由依ちゃんはずっとそれ言ってるよな。ブレへんな。渡邉くんは?」

小池が理佐の方を向いて何気なく訊ねる。

理佐は下を向いたままポツリと

「出してない。」

と呟く。
一瞬、その場の空気が凍りつくのを感じた小池は、慌てて話を戻す。

「仲間おって良かった〜。実は私も出してへんねん。夢とか無いし。どこ行ったらいいか分からへん。2人は夢あるん?」

「一応…今、目の前のことだと、吹奏楽の全国大会で金賞取ることが夢かな…。で、将来は母親みたいなプロのサックス奏者になることを目標にしてて。色んなステージで、私の演奏を聴いた人が音楽を好きになってくれたり、元気になってくれたらいいな、なんて思ってる。」

小林は俯きがちに、誰にも話したことが無かったことを饒舌に語る。

すると土生は、

「凄いね、それ。かっこいい。」

と感心したかと思えば、

「じゃあ俺の夢も聞いてくれよ!」

と嬉しそうに話し出した。

「俺さ、人を絶対に幸せにしたくて。カフェに来てくれた人、全員が幸せになって帰って欲しい。ここに来たら心が落ち着く、そういうカフェをつくるのが夢なんだ。叔父さんが作ってきたカフェを守りつつ、もっと多くの人を笑顔にしたい。」

キラキラとした笑顔で夢を語る土生は希望に溢れていた。

小池は2人の夢を聞いて、羨ましそうだ。

「いいなぁ、夢があって。理佐は?夢とか無いん?」

「…夢?……無い。」

理佐は頬杖をつき、どこか遠くを見ていた。

再び冷やついた空気は、空模様も相まってより一層強調される。

理佐以外の3人は目を合わせた。
地雷踏んだ?と表情で語る小池が、話を逸らそうとした。

「あー、そういえば__ 」

「___夢なんて自分縛りつける足枷にしかならないし、持っててもしんどいだけ。」

理佐はそう言って食べ終わった弁当箱をしまい、立ち上がった。
そして氷ついた空気もお構いなしに、去り際に毒だけを吐き捨てる。

「お前らも、現実見た方がいいぞ。」

「………。」

理佐の言葉に、誰も何も言えずに沈黙が流れる。
土生はずっと、下を向いて拳を握りしめていた。しかし、何かがプツリと切れたかのように、机を叩いて立ち上がった。

「…おい!理佐待てよ!」

今まで見たことのないような剣幕で、土生が理佐の肩を掴んだ。

「人の夢馬鹿にすんなよ。」

「別に馬鹿にしたわけじゃねぇって。ただ忠告しただけ。」

冷めた口調で言い放つ理佐の胸ぐらを、土生が掴みかかった。

「いい加減にしろよ!何でいつも空気悪くするようなこと言うんだよ!何で夢を否定すんだよ!!お前昔はそんなんじゃなかっただろ!?」

「今も昔もこんなだったよ!」

「違う!!」

土生の声は屋上全体に響き、空に吸い込まれる。

「理佐、お前跳べなくなって変わっちゃったよ…。なぁ…戻ってきてくれよ…。前みたいに笑ってくれよ…。」

土生の悲痛な想いが、理佐の瞳を揺らした。
しかし…

「…俺が笑って、何か変わるのか?」

理佐はそう言って、土生の腕を振り解いた。
その勢いのままに、土生は地面にへたり込む。

「もう戻れないよ。昔みたいには。」

理佐は今にも消えそうな声でそう溢した。

トボトボと歩くその後ろ姿は何かを背負って葛藤してるかのように苦しそうで。

小林は衝動的に理佐を追おうとした。

でも理佐が屋上のドアを開ける瞬間、ほんの一瞬だけ顔を歪めたのを見て、小林は立ち止まった。

今は、追ってはいけない気がして。
でも、理佐がこのままどこか遠くに行ってしまう気もして。

小林が迷ってる間にバタンっとドアが閉まる音だけが響いて、

気付けば、もうそこに理佐の姿はなかった。


「土生くん、大丈夫?」

小林が放心してる間に、小池は土生の元へと駆け寄った。

「ごめん、恥ずかしい所見せちゃったね。」

土生は立ち上がり、引き攣った笑顔を見せる。

「渡邉くん、どうしたんやろうな…。」

「理佐…少し前までは明るくて、よく笑う奴だったんだけどね…。」

土生は唇を噛み締め、ポツリポツリと語り始める。

「走り高跳びで、インターハイ入賞するほどの選手だった。でも、事故がきっかけで跳べなくなって…。」

事故は、去年の秋…
国体の試合前に起こった。

「理佐の応援に来てた後輩が車に轢かれそうになって、それを庇った理佐が怪我しちゃって…。幸い車と接触することは無かったから大事には至らなかったけど、咄嗟に避けた時に足首痛めたらしくて。そのまま無理して大会に出たけど…理佐は跳べなかった。」

「そんなことがあったんや…。でも、事故から半年経ってるのに渡邉くんは今も部活行ってないよな?」

小池が核心を突くと、土生は困ったような表情を見せた。

「もう怪我は治ってるはずなんだけど…理佐は諦めちゃってて、何なら笑おうともしなくなった。俺…どうしたらいいんだろ。今の理佐を見てるのが辛くて…。」

土生は手で顔を覆った。
口を真一文字に結び、涙を堪えてるように見える。

小池は土生の背中にそっと手を置き、優しくさすった。

「友達想いやねんな、土生くんは。」

小池のその言葉が、曇り空に吸い込まれていく。



数粒の雨が、小林の顔に当たった。

ポツリ、ポツリと徐々に勢いを増していく雨によって、呆然と立ち尽くしていた小林は現実に引き戻された。

「ちょっと行ってくる。」

そう言って衝動的に小林は走り出す。

「行くってどこに!?」

「理佐のところ!」

きっと1人で苦しんでる。
理佐の気持ちを理解するなんてことは出来ないかもしれないけど。

せめて
理佐の苦しみを少しでも減らせたら。
寄り添うことで、理佐の気持ちを思いやることが出来たら。

私もずっと、心のどこかでそう望んできたから。
苦しい時に、その苦しみを誰かに共有できたら、どれだけ楽だったか。
ずっと1人で苦しんできたからこそ分かる。

あの時、誰でもいいから助けて欲しいって思って1人で泣いてたから。

今理佐が1人で泣いてるのなら、ほったらかしにしちゃダメな気がした。