ホームシックについて
以前からまったく自覚がないわけではなかったが、いわゆる「ホームシック」に悩まされたことがない。友人が冗談半分でいうとおり情が薄いのか、あまりに物事に頓着しない性質なのか、それともただ単に目の前のことに簡単に囚われすぎてしまうのか―理由が何であれ、今回のハワイ滞在についてもまったく同じことが、むしろさらにその度合いを強めて言うことができる。
とはいえ、沖縄人にとってハワイは「外国」といえども少々例外的な場所だろう。ハワイを訪れたことがある人なら誰でも、思いがけないところで故郷を見出して驚くという経験を一度や二度はしたはずである。文化や気候、食生活、歴史的背景などが似通っているだけではなく、どこかもっと漠然とした何か、空気感という曖昧な言い方でしか表現できないような何かを沖縄とハワイは共有しているのである。
ひとつには、それは過去の沖縄系移民たちが数世代かけて作り上げてきたものだといえるだろう。ハワイにおける「沖縄」体験は私の場合、文字通りホノルル空港着陸直後、税関を通過する前にすでに始まっていた。「ヨヘナ」という名札を装着した、どこからどう見ても近所のおじさんにしか見えない空港職員は私のパスポートに目を走らせつつ、片言の日本語で「私はウチナーンチュ三世です」と言って笑みをみせた。
ホームシックにかかることと、故郷に対する思いの強さとは安易に結び付けられない。高校卒業を機に生家を離れて久しいが、私にとって沖縄は常に「帰るところ」、自分が所属しているという感覚を無条件でいだくことのできる世界でただひとつの場所であり、今後もこの思いが変わることはおそらくないだろう。
古代ギリシャの知の巨人たちは、現在の派遣ジャーナリストに当たる職務を果たすうえで必要な条件を「自国の文化を批評的に、かつそれへの愛着心を失うことなく観察すること」とした。前者はともかく後者については自負するところである。観光ガイドやテレビ番組ではなかなか伝わりにくい「ハワイ」の姿を一沖縄人の目を通して観察し考えていきたい。