中国依存
日本の経済は中国に依存している、中国の高い経済成長を利用しないと日本は生きていけないという論調の報道、解説がマスコミに見られるが、そういうイメージを日本人に刷り込みたい人、勢力がいるようだ。この動画では、中国との経済活動が日本のGDPに占める割合は、たった2,3%と説明されている。こんな簡単なデータの確認をマスコミはしていないのだろうか。それともそんなことは百も承知で、中国キャンペーンをしているのだろうか。中国も韓国も、日本の半製品、部品がなければ自国で付加価値の高い製品をつくれないのであり、彼らが日本に依存しているのである。日本の経済支援があってここまで成長できたのである。今は日本の技術を掠め取ろうと必死である。しっかり調べて報道してもらいたい。
浜岡原発
菅総理が、浜岡原発の全面停止を打ち出したが、またパフォーマンスのようだ。
確かに、ロケーションとしては最悪で、東海大地震が予想されるど真ん中に建設されており、福島の二の舞になるのではないかと誰でも心配する。しかし、それは当初からわかっていた話で、だからこそいろいろと安全対策を講じて運転しているのではないだろうか。刃物でも銃でも、自分を守る道具にもなれば、傷つける道具にもなる。原発もリスクはあるが、石油資源のない日本が安定的に電力をまかなうための重要な手段である。リスクがあるからやめるというのは簡単だ。では電力の需給バランスをどう考えているのか。他の原発を止める必要はないのか。その線引きする基準は何なのか。
それだけ重要な判断をするのに、何故関係省庁と協議したり意見をきいたりしないのか。5日前に福島民主党党首から、浜岡をとめてくださいと迫られたときは笑って誤魔化したと言う。
ものごとの進め方が乱暴、稚拙すぎる。産経の記事のとおり、「待てよ。よく考えてみると訴訟を受けたら面倒だし、また叩かれる。先手を打って浜岡を止めるように発表したら格好いいかも」と思ったに違いない。
自分の政党ひとつまとめることもできない男が、日本という巨大な組織を動かせるわけがない。カリスマ性もないのにひとりで突っ走ってどうするつもりなのだろうか。高い人件費をかけている官僚のパフォーマンスをもっと最大限利用するようにしないと。首相を頻繁に変えるべきではないが、やはり菅総理には無理だろう。
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訴訟恐れた首相の保身 反首相勢力には「クセ球」…
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110507/plc11050701110001-n2.htm菅直人首相が中部電力浜岡原子力発電所の全面停止を唐突に打ち出した。実は原発差し止め訴 訟によるダメージを恐れただけのようだが、東京電力福島第1原発事故の対応批判で「菅降ろし」に弾みをつけようとした民主党の鳩山由紀夫前首相や小沢一郎 元代表は機先を制せられた。首相の保身術は思わぬ「クセ球」を生むようだ。(加納宏幸、山本雄史)
「国民のみなさまに重要なお知らせがあります。私は首相として…」
緊急記者会見でこう切り出した首相はいつになく生気に満ちていた。「首相として」を何度も繰り返し、自らの決断を強調した。
だが、首相が事務レベルと協議した形跡はない。首相周辺は「会見直前に決めた」と打ち明け、経済産業省幹部も「まったく知らなかった」とこぼした。
そもそも浜岡原発に関心があったわけではない。2日に福島瑞穂社民党党首から「ぜひ浜岡原発を止めてくださいね」と迫られた際は「ヒャッハッハッ…」と笑ってごまかした。
だが、首相は同日夕、福島氏から弁護士グループが浜岡原発差し止め訴訟を準備していることを電話で知らされる。「次のターゲットは浜岡原発だ」。やっと気付いた首相は、海江田万里経産相に浜岡視察を命じ原発停止に動き出した。
一方、反首相勢力は、小佐古敏荘東大教授の内閣官房参与辞任後、原発事故を「菅降ろし」の軸に据えつつあった。
「水による冷却を続けている限り放射能流出は止めようがない。首相は『時間がかかる』と私の言うやり方にしなかった…」
鳩山氏は6日、滞在先の北京市内のホテルで記者団に、自らが提案した原発の冷却方式を首相に拒否されたことへの怒りをぶちまけた。首相が「想定外」を連発 したことにも「そういう言葉を政治家は使うべきではない。あらゆる状況で国民の命を守るのが政治家の責務だ」と非難した。
小沢氏も6日に珍しく記者団のぶら下がり取材に応じ、「海に陸に空に地下に放射能を垂れ流している。手をこまねいて済む問題ではない。原発が制御不能に陥っている責任は政治家として重い」と断じた。
ただ、「訴訟怖さ」からの決断が「けがの功名」となり、小沢氏らは戦略見直しを迫られた。
首相は6日夜、仙谷由人官房副長官と都内のホテルで中華料理に舌鼓を打った。夜の外食は東日本大震災後初めて。浜岡停止により政府は原発政策の見直しを根底から迫られかねないが、首相がそこまで先を読んだようには見えない。
江戸のお白州
江戸時代にどんな事件があったのか、犯科帳等の裁判記録を時代背景も交えて解説した「江戸のお白州」(山本博文著)という本を読んだ。
2、3百年前も人間は変わらない。不倫、いじめ、子供の誘拐など、現在と同じような動機で同じような事件がおきている。ただ、現在よりは刑罰が厳しかった。
印象的だったのは、こうした事件を取り締まる町奉行の与力、同心の人数。百万都市の江戸の治安を、南北各25騎の与力と各50人の同心、合計150人で守っていた。もっとも、それだけではさすがに足りないので、同心の私的使用人としての岡引や目明しが捜査にあたったが、それでも少ない。現在の警視庁は非常勤職員まで含めると約5万人の組織である。人口が10分の1だったとはいえ、100分の1以下の人数で治安を守っていたということは、移動手段や通信手段が今よりも限定的だったことを考えれば驚きである。それだけ治安がよかったということだろう。
治安がよかったのは、ひとつは厳しい刑罰。殺人は基本的に死罪。不義密通も死罪、夫が間男、妻ともに斬り殺してもよかった。現在よりも刑罰が犯罪の抑止力になっていたであろう。
また、5人組に代表される相互監視、連帯責任のシステムもうまく機能していたと思われる。町のそれぞれに自治会長的な町名主がいて、町内のトラブルにはまず町名主が調整に入って未然に犯罪を防ぐようにしていた。町単位で治安を保つように、主な辻には辻番と呼ばれる私的警備員を雇い、夜には町の木戸番が町の出入りを監視していた。
お上に頼らず、地域が主体的に治安の向上に努めていたようである。
さらに、江戸への出入りを関所で厳しく吟味し、外から犯罪者が入ってくる可能性も低かった。
取り締まる与力、同心にも、その高い身分と権限に応じた倫理性、いわゆるノブレス・オブリージュが求められ、吉原へ一回連れて行けと接待を要求した同心は島流し、不正な吟味を行った与力は改易、御役御免になった。
外国人による犯罪、警官や検察による不祥事が増加している現在の東京は、あらためて江戸時代に学ぶ必要があるのではないだろうか。
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