編集長の富田志乃です。
8月、京都を訪れた際、
一人で神社やお寺を巡っている
海外からの若い観光客が多いことに驚きました。
団体や家族、グループではなく、
一人で静かに巡っているのです。
そして、
ちゃんと「二礼二拍手一礼」をしていて
(お寺でもやっている人がいましたが・・(笑))
神さまに礼をつくしている姿に、
なんだか感動を覚えました。
また、「御朱印」の列に
並ぶ海外の方も多く、
窓口に向かって
片言の日本語で、
「お願いします」
「ありがとうございます」
と。
御朱印を受け取ると、
本当に嬉しそうな顔をしていました。
もっとも御朱印に関しては、
スタンプラリーのような感覚だったり、
旅の記念だったりするのかもしれませんが。
それでも、
日本の文化を知ろうとしてくれている。
その土地の習慣を尊重しようとしてくれている。
そんな姿を見ると、
やっぱり嬉しくなります。
考えてみれば、
神社やお寺には、
派手なアトラクションがあるわけでも、
誰かが楽しませてくれるわけでもありません。
むしろ、そこにあるのは
静けさ。
長い年月を経た木々。
風の音。
お線香の香り。
そして、
何百年、時には千年以上もの間、
人々が祈りを捧げてきた場所の空気です。
情報やモノがあふれ、
いつでも誰かとつながることのできる
今の時代だからこそ、
こうした「静かな時間」が
新鮮なのかもしれません。
何もないようで、
そこには確かに何かがある。
言葉ではうまく説明できないけれど、
その場所に身を置くことで
感じられるものがあります。
それは海外の人だけではなく、
私たち日本人も
同じなのではないでしょうか。
初詣に行ったり、
受験の前にお願いに行ったり、
厄除けをしたり、
旅先でふらっと神社やお寺に立ち寄ったり。
特別に「信仰」と意識していなくても、
私たちの暮らしの中には
昔から自然に、
神さまや仏さまがいます。
でも、
あまりにも身近にあるからこそ、
その価値を
忘れてしまっているのかもしれません。
京都で出会った海外の若者たちは、
一人でやってきて、
静かに境内を歩き、
手を合わせ、
また静かに帰っていく。
その後ろ姿を見ながら、
「日本には、こういう場所があるんだな」
と、
私自身があらためて
気づかされたような気がしました。
そして、
言葉も文化も宗教も違うけれど、
静かな場所で
そっと手を合わせる姿は、
不思議なくらい同じです。
人は誰でも、
時には立ち止まり、
自分の心と向き合ったり、
何かに感謝したり、
何かを願ったりする。
そういう時間を
必要としているのかもしれません。
海外の若者たちが
日本の神社やお寺に惹かれるのは、
もしかしたら、
日本文化そのものだけではなく、
そこに流れている
「静かな時間」に惹かれているからなのかもしれませんね。
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