(前編の続きです)
さて、前回「自分と他者との人間関係」という「くくり」で出題傾向を見いだしましたが、この学校の課題内容というのは、一見平凡でテキトー
に作られているように思えて、実によく考えられていると思います。
なぜなら、過去問の課題はどれも「自分」という単体でくくることも可能なものばかりだからです。
従ってそれを基準に、解答パターンをはっきりと二分できてしまう良問なのです。
つまり、①自分中心の視点か
、②相手(関係)中心の視点か
・・・ということです。
例えば「『自分を大切にする』とはどのようなことか」という課題が出された場合、私の経験から推測すると、だいたい7割ぐらいの解答が、ひたすら「自分目線」で自分に焦点を当てて自分なりの考えを述べる、という内容に終始するのではないか、と思います。
もちろんそれだけで直ちに「自己中心的」などという断定はできませんが、どうしても残り2割(ぐらい)の「他人(または関係)目線」の解答の方が目立ち、好印象を与えることは確実でしょう。
そこで、自分で書いたものを見直してみて下さい(書いてない人はどんなことを書くか想像してから続きを読んで下さい)。
その文章の中に、どのぐらい「他者(他人)の存在」について述べられてますか?
「自分を大切にする」ということは、決して「他人を犠牲にする」ということではない
とは誰もが考えているでしょう。ところが、意外とそういうことを忘れてしまうのも現実ですよね、私もそれは例外ではありません。
「自己チュー
」と呼ばれる人は大抵、「他人の犠牲は仕方ないこと
」という明確なポリシーを持っているわけではなく、他人が犠牲になっていることに気づかない、目を向けようとしないためにそういう行動に出られるのでしょう。
それだけに、普段から他者の存在とか気持ちなどにどのぐらい目を向けているかということは、とても重要になってきます。
特に対人援助職に長年勤務してきたベテランには、そういう点に非常に敏感な人がよくいます。
その視点は、「看護(介護)するのではなく、看護(介護)させていただくのですよ!」といった決まり文句などにも良く現れています。
さて、そこでやっと「対策」・・・に行きたいところですが、長くなったので更に別記事へ先送り~![]()