雑踏の中に消えていく声。

 

 どうにも気になった。

 返そうとした踵を戻した。そっと真正面に回り込み知久の顔を覗いた。

 

 

 「知久…。」

 

 

 赤月は霧の向こう側に問いかけるように呟いた。

 すると、今迄かかっていた霧が晴れ、知久の顔が浮かび上がった。

 

 

 「……。」

 

 

 

 空間が固定された気がした。知久がそのままにこりと笑った。生き返ったようだった。現場に色が付いた。なんともなく赤月は素直に笑い返した。

 

 

 たった一瞬の出来事が何年も何年も費やした年月を思わせた。一瞬の群集の

中に消えうる声よディテールを亡くしたか?良明、流れる水のようにフッと笑う年月が小路の中に消えうるとも、花の陽炎が消えゆかん。其の儘、次の日の夕闇を格子で切り裂いたなら木の実の産声が共に上がらん。しかしこの経緯を薄めて見ようものならの、朝私は行こうものならいざ行かんとす。水の流れは立ち消えるのか、共に行くのか、極めようではないか。私は大切に物持ちを眺めた。嗚呼、華哉。

 

 

 

 僕は嬉しかった。本当に嬉しかった。心が温かかった。

 

 

 不意にクラクションが鳴り赤月は右側の方を見やった。「なんだ、車か。」と思ったと途端に、知久は居なくなっていた。

 

 

 

 

 

続く