彼奴は、東條は勉強が出来た。特に凄かったのは数学。高校2年にして国立大学の問題をスラスラ解けてしまう化け物だった。だからみんな教えて貰いたがったが、余計な見せびらかしと彼の中で見なされるような行為はしなかった。だが、少人数の勉強会を設立していたようで(赤月は知久とバカばかりやっていたからその存在は後から聞いた。)5人で部活"ごっこ"をしていて、東條は実質その部活の部長だった。その勉強会の効果は凄まじいらしく、"体験者"つまり部員の事春が言っていたことだったが、「直接脳に訴えかける」ような教え方をしていたらしい。アハ体験のようなものだという。何故5人という少人数かというと勉強の濃度を一定に保つ為らしい。その後、その5人は全員有名国立大学に進学した。

 

  知久はいつ何時気分の方向転換をするか分からないような奴だったが、信頼出来たし且つみんなの人気者だった。東條は常に静かでみんなとどこか一定の距離を保つようにしていたが、嫌われているわけではなく、寧ろ尊敬の念を各地に抱かせている知る人ぞ知るレア者だった。そんな2人の天才が友達になったらということは叶わなかった。

 

  何故か東條のことを赤月は思い出していた。彼奴は今どうしているだろうか。将来どんな人になるだろうか。大学を出て何をするんだろうか。羨ましい。そうやって次々と華麗に物事が進められていく人生が羨ましかった。僕の人生を誰か決めてくれないか。

 

  何故東條のことを思い出したのだろう。またさっきの喫茶店の前まで歩いてきてしまった。

 

  意識が分散する…。闇雲に歩き出したわけで行先は決まっていなかった。またふらふらと大家さんと遭遇するのを避ける為に時間を持て余した。店、店、店。ハンバーガー屋が見える。とうとうJR名古屋駅を出たらしい。大きな通りに出た。時刻は夕方5時で夕立が降りそうな神々しいほど巨大な黒い雲が空を覆っていて赤月は一瞬恐怖で足が止まった。家まで20分あるので傘がないとやっていけないだろうが、赤月は構わずズカズカ歩き出したので汗が滲む。黒々とした空を見て、赤月はまた足を止める。東京もこんなふうなんだろうか。かつて住んでいたのは東京だった。何も考えることのない微妙な時間の空気感を味わった。その圧力は息苦しい程で目眩がした。1秒だけフラついたが大したことは無かった。これから何が起こりえるんだ。 

 

 

 

 

続く