いつもこんな感じ -98ページ目

月曜日

シーザーがいなくなって今日で1週間。早いなあ。


さっき、この1週間のことをがっつりと書いたのだけど、操作をミスって全部消してしまった。


私は相変わらずヘルペス爆発、これはもうストレスがたまったらいつものこと。今は市販の薬があるから、以前と比べて痛みがないのが助かる。ちょびヒゲみたいなへんな位置に出来てて見掛けは大変よろしくないけど。


やさしい言葉をかけてくれた友達、みんなどうもありがとう。皆が当たり前に純粋に犬好きって事に、改めて泣けました。シーザーと居たときからそうだと思っていたけど、人って、個別の犬を通して、実は「イヌ」っていう生き物を見てる。その犬自身、というより、生物としてのイヌが醸し出す全体的なイメージ。ザッ子はマルチーズで、昭和の頃には今のチワワとかトイプードル並みに流行った犬種なので、お散歩していると年配の方にそれはそれは声を多くかけられた。「うちにも昔いたわー。ああかわいい。マルチーズが一番かわいいわね」って。シーザーを通して、もう今はいない犬の姿を見てるんだな、と思うと、ザッ子、役に立ってるね、って心の中で誉めてた。


新しい犬を買いに行くんじゃないからね!シーザーのお骨が家にある内は、そんなこと100%ありえない!とおそら(?)のシーザーに聞こえるように私は大声で言いながら、Aさんと近くのペットショップに行ってマルチーズの子犬を見てきた。かわいいなあ。でもシーザーと違うなあ。元気に動いてる犬を見るのはいいもんだ。事務所に来ている作ちゃんを借りてきて、一緒に昼寝したりしている。


シーザーがいないと部屋が本当に静か。別にうるさい犬じゃなかったんだけど。すごく狭い部屋に住んでいるので、3歩も踏み出せば絶対シーザーが視界に入ってもんで、今、どこにもいないのがしんどくてたまらん。



シーザー

あまりにも突然過ぎて、自分でもまだ全然気持ちが整理しきれていないんだけど、シーザーが、昨日のお昼、急に、本当に急に、一瞬のうちに、けいれんを起こして、そのまま亡くなってしまった。昨日載せた写真の、たった1時間後くらいに起こった。写真は、首をしゃんとあげて「いいな、作ちゃん…気持ちよさそう」って思ってるシーザーの姿がしっかり分かる。


おとといの夜は涼しい遅い時間になってからAさんと私と散歩に行った。うんと走り回って楽しそうだった。帰ってきて、ベッドに3人(人じゃないんだけど、3人だった)で寝転んで、シーザーのお腹をなでで、本当に幸せな時間だった。シーザーも満足した顔をしていた。朝起きて、ご飯もいつもどおり食べて、うんちも変わりなく、それから作ちゃんが下の事務所に来ていたので、連れてきて、2匹で遊ばせておいた。私はパソコンで真樹ちゃんとチャットしたりケンカする犬たちを見たり、いつもどおり過ごしていた。


午後ちょっと前、Aさんが帰宅するのでお昼ご飯を作ろうと台所に立ったら、バタバタっと音がした。振り向いたらシーザーがひきつけみたいになっていた。すぐに抱き上げて大声で名前を呼んだけど、もう首がすわっていなかった。私は半狂乱になって、母親を電話で呼び、階段を降りた。ちょうどAさんが帰ってきたところだったので、そのまま車に乗って病院に行った。


救急処置をしてもらったけど、もうダメだった。


心臓発作か脳に何かあったのかもしれない、解剖すれば原因は分かるけど…とお医者さんに言われたけれど、私たちはそのまま帰ることにした。


私にとって、シーザーは、かわいくてかわいくてしょうがない、大事な存在だった。


流産のあと、仕事に行かなくなり、どこにも出かけるところがなくなった。そんな中でシーザーを引き取った。ちょうど桜や、ほかの春の花が沢山咲き始めた時期、事務所の上に引っ越してきたばかりで近所を知らなかったとき、シーザーと私と2人で歩いた住宅地は本当に心が安らいだ。昼間から好きなだけ歩いてお花が沢山見られるなんて、すごく贅沢な環境だった。シーザーに連れ出してもらえてよかった、と思った。犬のペースと、私のペースが合って、行きたい場所が同じだった。草むらに入っていくのが気持ちよかった(そのおかげでシーザーにノミがついたりしたが…)。都会じゃなくて、住宅地や公園に救われた。そのあと、脱ステロイドをはじめた。手が荒れて、ひどいことになった。手袋が24時間手放せなくなった。街(お店とか)に出掛けるのがますます億劫になった。そんな中でも、シーザーとなら、私は手袋をして毎日公園に出掛けられた。犬を連れているので、私が白い手袋をしていても周りの人は何とも思わない。またシーザーに救われたな、と思った。外の空気をあの時期、いっぱい吸えて本当に良かった。


本当に短い時間しか一緒に居られなかった。ペットショップで売れ残っていた1年間、Aさんの実家でお義母さんと迷いながら(彼女も、シーザーも、探りあいだった)過ごして、でも結局そこにはずっと居られなかった3ヶ月、そして私たちのうちに来て5ヶ月。やっと慣れて、やっとシーザーが自分の家だと認識してくれてたん…だと思う。そう思いたい。私はずっとずっとシーザーに安心してもらいたかった。生きていることに、存在していることに安心して、のびのび過ごしてもらいたかった。それをもっと時間をかけて、じっくり認識させてあげたかった。


私ばっかりシーザーにお世話になったようなもんだ。私の、一番しんどいときに、黙ってぴったり一緒に散歩してくれた。シーザーは抱きしめると腕を伸ばして人間の肩に両手をかける犬だった。小さい人間みたいだった。私は、「こどもがいたら、こんなかなあ」と抱きしめるたびに思った。シーザーにこんなかわいい癖があって幸せだなあと思った。その抱き心地が大好きで、日に何度も抱っこした。


以下は、5月下旬に書いたもの。書き終わって読み返してみたらあまりにもセンチメンタル過ぎて、人さまに読んでもらうには湿っぽすぎるか、と、ここには載せずに、でも一応パソコンの中にストックしておいたもの。これは、本当にシーザーに対しての正直な気持ちだった。


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誕生日に妹①から犬用スリングをもらったので、シーザーをぶら下げて電車に乗りアウトレット・モールへ。雨だったのでシーザーは歩かせてもらえず、ずっとぶら下げられっぱなしで非常にストレスフルな状況。私もずっと心苦しい気持ちながらも、一瞬一瞬に感謝しながら過ごした。こんなにシーザーと密着してお買い物が出来るのはきっと数えるほどしかないから。シーザーはまだ一歳半だけど、犬の寿命はとても短いことはよく知っている。そして、寿命だけではなくて、結構すぐに体力がなくなる。8歳くらいを過ぎたら犬に負担が大きすぎてこんな風に3時間近くも抱きっぱなしなんて無茶は出来ないだろう。シーザーが今、私と一緒に居たいから鳴きもしないでじっとくっついていてくれる気持ちと体力があって、私も面倒をみるべき小さな子どももいないし、体力もふんだんにあるのでずっと犬と歩き回っていられる。私と犬の条件がぴったり合致したのでこのお出掛けが実現したわけだ、私たちは蜜月真っ只中だ。それを強く意識しながら過ごした。今までの犬たちとは一緒に居てもここまで苦しいくらいの刹那的な気持ちになることはなかった。


と、こんな風に書くと、シーザーのこと好きすぎ…って感じだけど、別にシーザーだけにこれは限ったことじゃない。Aさんと私とシーザーといるとき、私はふとするたびに多幸感でぽかぽかする。3者3様に自由に歩き、食べたり水を飲んだり、一緒に眠って、朝起きたら皆がおなかが空いていてトイレに行く、これをするために必要な条件がどれだけ沢山あることか。

流産してから、私は今、「ここに在ること」に非常に敏感になった。それまで存在していた子どもが居なくなってしまったから。それがどんな状態でも、健康でも病気でも、今ここに居て感じたり、他人といるのなら共有することが大事だ。先日の連休中にふっちゃんが遊びに来て、私たち夫婦と3人でうちの屋上で夕飯を食べたこと。妹たちと3人で犬連れで旅行したこと。たとえこの先同じシチュエーション、同じメンバーで同じことをしても、もうそのときにはすごく違ったものになる。年をとって、そして流産して最大の良かったことは(ってヘンだけど)、「ああ今幸せだ。あとで覚えてないかもしれないけど、今、こんなに楽しい」と迷わずその瞬間を掴んで実感できるようになったことだ。その回数がグンと増えた。これのおかげで私は生きていられるだけでありがたくてしょうがない。生きていられる上にこんな嬉しい気持ちがポツポツある。


流産の手術は今まで大きな病気知らずで暢気に過ごしてきた私に、顔面平手打ちを急に食らわされたような感じだった。でも自分の身に起こるんだ。じゃあガンにもなるし、地震も来るし、交通事故にもテロにも遭うだろうし、人間関係だってうまくいかないことのほうが多い、色々な出来事が他人事ではなくなってしまった。世の中にまったく油断できなくなった、何があっても驚かない。

父の会社を突然即日退社した(バイトじゃないんだから)30年来勤めている男性が後日給料を取りにだけ来る、となった時にも、私はAさんを呼び出し「父さんと2人きりにさせないでね。もしかして普通の精神状態じゃないかもしれないから、暴力振るうかもしれないから、何かあったらすぐ警察呼んで」と注意した。もちろん何もなかったけど、こういう予防線をものすごく張るようになった。


暗い面と明るい面のコントラストがくっきりしたんだ。だからこそ明るい面を感じたときに、ただただありがたい。


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私は毎晩、シーザーを寝床のクレートに入れるときに、「おやすみ。また明日も遊ぼうね」と言っていた。それは、本当に祈るような気持ちだった。シーザーの健康だけを毎晩祈っていた。毎朝、Aさんが家を出るときは、「いってらっしゃい、気をつけてね」と毎回心を込めて言っている。事故に遭わず、病気にならず、ただ無事に帰ってきてくれるだけでいいから。


本当に、今の私が唯一、毎日お祈りしているただの二つだけのお願いだったんだ。


シーザー、シーザーがこれを読むわけ絶対ないけど、でも、ありがとう。本当にありがとう。早すぎだよ。ばかだねえ。

月曜日

さくちゃんが遊びに来ている。



まんまと扇風機ベスポジに居座られて、どうやって奪還しようかと様子を伺っているザッ子さん。