不幸中の幸いなのか?これも。

昨日虫垂炎から始まった

災難あれこれ。ひとまず収束と

思った矢先のこと。


…財布?…無い…。

命拾いした途端に財布を失くした??

命拾いしたのだから財布くらいさ、

なんて最初は思ったりもした。

すぐ見つかると思いながら。

だが見つからない。検査結果を

聞く直前より心拍数は上がり、

とっくに閉まっている病院に

落とし物の財布が無かった??と

電話をかけたり。もちろん電話は

繋がらず。


あーーあーーーあーーーー!と

一人で騒ぎながら探して探して。



うん……もしや…いや、まさか、と

庭に出た。


懐中電灯で少し小雨に濡れた庭を

見てみた。無い。…いや、あった!!


病院から帰宅して庭を見た時に何か

ボテっと落ちた気はした。それが

財布。





もうさーーーこの感じで確実に

三年は寿命が縮まってるよ人生で。

一体何度この感じを味わえば

懲り懲りしてもっと慎重になれる

のだろうか。

今回は結果に浮かれた感じは

あった。でも病院には起き忘れて

いなかった。そしてまさかの

自宅の庭のど真ん中に濃いピンクの

長財布を落とすとは……。



そーいう人間か!そーか!と

もえ徹底して落としちゃならねー

物に対して確実にならねば。


本当はここに書くのもどうかと

思ったよ。サイテーで浅はかで

不用心極まりない自分をさらけ

出す必要がらあるかね??



まあ…必要は無いが事実だから。

誰かを積極的に傷つけるような

事実ではない限り、やっぱり

書いておきたいのだ。

有言実行、そして忘備録としての

このブログ。


例え見下されても、呆れられても

事実。そして二度と無い!!を

宣言したい!

また、生かされた感じ。

今日は10日前に受けた検査の

結果を知った。心配無用、という

ことであった。


また入院?手術?てかこれで終わる?

と考えなくも無かった。

誰かに起こっている出来事は自分に

起こらないはずはない。実際昨日

娘から、まだ赤ちゃんがいるのに

深刻な病気にかかっている人が

いる、と聞いたばかり。


へー大変だね…と言いつつ、もしか

したら自分もそんなこんなかもでさー

と、娘には言わなかった。


自分の親は、こどもに愚痴るのは

当然で子どもが唯一の味方であり

聞いてもらうことは当たり前と

はっきり言っていた。


心配をかけること。悪いことでは

ない。打ち明けて貰うことでもしか

したら出来ることもあるかもしれない。

話しをする、聞く、という行為は

何も生まないようだがそうとは違う。


だけど子どもの頃から親がいかに

不幸な人生を歩いて来たか、また

それは自分で選んだはずなのに、いや

違う、これは誰が悪くて誰のせいと

延々と聞かされた自分としては

愚痴や弱音、泣き言は聞いてもらうに

しても出来ればまた歩き出すための

助けを求めていることなのだ…あれ?

やっていることは同じで何となく

スマートに自己弁護しているだけ?



うーーん。ただ、少なくとも自分は

聞いてもらうのが当然!とは思わない。

高校で出会った親友には喜びは倍に、

悲しみは半分にお互いしてきた関係

だった。そしてそれは互いにひたすら

重くて辛くてとことん仲良くなる

方法でもあったのだ。



今、自分には話しを聞いてくれる

人はいるが心の支えになってもらう

その分よーし頑張るかの気持ちに

還元させて貰えるのが有り難い。

自分も誰かにとってそんな存在に

なれたら嬉しい。


頑張らない言い訳を3時間聞くのと

頑張らなきゃ、でも今辛いという話を

3時間聞くのはちょっと違うと思う

のだがなあ。


とにかく生かされた。

また生きていく。

不幸中の幸いが続く。

明日の検査結果もそうだと

良いのだが。


何もかも思う通りになんて

ならない。余命宣告された人が

生き延びた話しもある。だが

一年生になったばかりの姉妹を

残して急逝した人もいた。


つまりはなるようにしかならない

ということなのだろうな。