【原著】

 

    鼻汁産生不全症

         ———新しい臭鼻症の概念の提唱———*

 

 

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【はじめに】

 痂皮形成は認められないが強い鼻臭を示す症例を4例経験した。痂皮形成が認められないため、古典的な臭鼻症の概念に当て嵌まらない。

 鼻腔内は鼻汁で潤され、鼻腔内の繊毛により増殖した細菌および細菌の産生物は喉の方へと押し流されるが、ある人達ではその鼻汁の産生が少なく細菌の産生物が押し流されないため強い鼻臭を示すと考えられる。
 肉眼的に認められず、臭気としてのみ認められる病態であるため見逃されてきたと言える。馬油の鼻腔内吸入または生理食塩水による鼻腔洗浄を一日2回以上行うと悪臭は気にならなくなる傾向がある。

 これを鼻汁産生不全症候群と名付けた。この疾患の頻度は高い。

 

key words】Nasal mucus-producing incompetence、Ozena of a new concept、Self-odor syndrome    

 

【症例】

(症例1)三十三歳、女性

病歴;中学生になってから頻繁に鼻が詰まり夜は鼻呼吸が困難になった。耳鼻科に行ったが、軽くあしらわれた。 少なくともこの頃、蓄膿の様な黄色い膿が出ていた記憶はない。中学一年次、同級生より「臭い」と言われ激しい苛めを受けた経験がある。中学二年次、慢性副鼻腔炎などに効果のあると言われる漢方薬を服用始めて三ヶ月ほどで寛解したが、高校一年次、再燃した。図書館で調べて自身の病態が臭鼻症という病名らしいことを知る。“魚の腐ったような臭い”がすると言われると症例は言う。

 二十代の時、ある耳鼻科では「鼻の中が真っ黒だ! タバコをゴジラのようにプカプカ吸っているのだろう!」と言われたこともある(症例はタバコは吸わない。このとき持病の慢性副鼻腔炎が非常に悪化し黄色い鼻汁が大量に出ていたと症例は言う)。

 馬油の鼻腔内吸入または生理食塩水による鼻腔洗浄を一日2回以上行うようになってから、鼻臭は気にならないようになった。

 性格偏奇は認められない。真面目な性格である。

 

(症例2)四十八歳、男性

既往歴:症例は小学生低学年時より重症の慢性副鼻腔炎に非常に悩んでいたが、高校二年頃より慢性副鼻腔炎が軽症化したのか、分泌物が減少したのか、慢性副鼻腔炎に悩まなくなった。

家族歴:なし

現病歴:症例は口臭を非常に気にしており、これに依る社会不安障害(対人緊張)があった。社会不安障害の治療歴は34年に及ぶ。

 幼い頃より虫歯が多く、歯よりの悪臭と自己判断し、幾つかの歯科を周り、歯の治療を徹底的に行ったが悪臭は軽減せず(自己判定)。口臭は胃食道逆流症に依ると自己診断し、大学病院などで24時間PHテストなどを受けたが、いずれも胃食道逆流症は否定された。胃食道逆流症でなくとも慢性胃炎あるいは機能性胃腸障害に依っても口臭が酷くなると症例自身考え、慢性胃炎あるいは機能性胃腸障害を治すように漢方治療を行っていた。しかし、治療結果は芳しくなかった。

 症例は、24時間PHテストの方法に矛盾がある、腹腔圧が掛かったときに逆流するのであり、検査の時は半絶食で調べるため陰性と出る、と主張し、2回目の24時間PHテストを受けると主張していた。

 症例が自分の臭いが口臭でなく鼻臭であると思い始めたのは、2回目の24時間PHテストを受ける直前、インターネットで「鼻臭で悩む友の会」のホームページを読んでからであった。子供から“便の臭い”がすると言われると症例は言う。

 馬油の鼻腔内吸入を一日2回以上行うようになってから、鼻臭は気にならないようになった。

 性格偏奇は認められない。真面目な性格である。 

 

(症例3)三十八歳、男性

既往歴:小学生低学年時より耳と鼻が悪く耳鼻科へ通院していた。中学高校時代は大量の鼻水が出て授業中苦労した。

家族歴:母親、姉(症例は2人兄弟)も鼻臭が有ると症例は言う。

現病歴:高校卒業後、ある企業の東京支部に入社する。200名近い人がいるフロアで仕事を行う。そこで「臭い」と会社の社員から陰口を言われる。しかし、本人はあまり気に掛けないでいた。

 30歳時、大阪支部に移動となる。ここでも200名近い人がいるフロアで仕事を行う。東京支部に居たときの噂が伝わってきており、同じように「臭い」と会社の社員から陰口を言われる。若手の社員が症例の近くに来て臭いを嗅ぎ「臭い」と言うことが頻繁に起こった。症例は悩んで大学病院で慢性副鼻腔炎の手術を受けた。民間企業ではなく公の企業であるため時間的余裕が多く、こういう苛めが起こり得たと推測される。“魚の腐ったような臭い”がすると言われると症例は言う。

 インターネットで「鼻臭で悩む友の会」を見つけ、ここで自らが臭鼻症であるらしいことを知る。幾つかの耳鼻科を受診し、萎縮性鼻炎と診断されたこともある。また、ある耳鼻科では自臭症と診断され、精神科への紹介状を書かれたこともあり、精神科を受診したこともある。精神科では自臭症と診断され、ベンゾジアゼピン系抗不安薬を処方された。

 生理食塩水による鼻腔洗浄を一日2回以上行うようになってから、鼻臭は気にならないようになった。

 性格偏奇は認められない。真面目な性格である。

 

(症例4)三十二歳、男性

既往歴:特記すべきものなし

家族歴:特記すべきことなし

現病歴:高校時、冬、温風ストーブの前で寝込んで長時間、温風を吸い込み、それにより鼻腔内に瘡蓋を形成した主張し、複数の耳鼻科を受診していた。ある耳鼻科から自臭症と診断され精神科受診を勧められ、精神科を受診していた時期が数年間ある。

 郵便局に勤めており、苛めを受けたことはない。これは郵便局が苛めを行う時間的余裕がなかったためと推測される。郵便局でも夜勤の多い部署に勤務しており、昼夜交代の仕事であった。精神科は眠剤が欲しいために数年間通っていたと言う。“便の臭い”がすると言われると症例は言う。

 生理食塩水による鼻腔洗浄を一日2回以上行うようになってから、鼻臭は気にならないようになった。

 性格偏奇は認められない。真面目な性格である。

 

【方法】

 馬油の鼻腔内吸入は、馬油を綿棒の先に附け鼻腔内に差し込み、逆の方の鼻腔を塞いで一気に吸い込む。

 生理食塩水による鼻腔洗浄の場合は生理食塩水を体温と同じほどの温度に温めることが望ましい。

 

【考察】

 古典的な臭鼻症は臨床的に重大な疾患と考えられ第2次世界大戦以前よりドイツや日本を中心として世界各国で盛んに研究されてきた2,6,7,8,9)。昭和三十年代の「自衛隊入隊要項」には、臭鼻症の者は入隊できないように記載されてある。

 症例1では中学生時、臭鼻症に効くとされる漢方薬の服用にて一年半ほど寛解していたが、これは漢方薬服用によって鼻汁産生が回復したためと考えられる。

 症例2は24年間、社会不安障害(対人緊張)および自臭症として薬物治療を受けてきた。症例2に於いて幼年時からの重症の慢性副鼻腔炎が高校2年生時に治癒したと思っていた。

 4つの症例に於いて、鼻腔内に痂皮形成はほとんど認められなかった。鼻汁産生不全のため、鼻腔内に細菌が増殖し、細菌の産生物が増加し、それが流し去られていないため悪臭を発生している、と考えられた。現在、急速に増加している自称臭鼻症の多くはこれに含まれる。

 この疾患は見逃されてきた重大なものであり、“苛め”が激増した現在、「臭い人」として“苛め”を受けていることが多い。社会逃避に陥る患者の数は非常に多い。このことを訴えて病院受診しても、痂皮形成が認められないため自臭症と診断され精神科受診を勧められることが多い。

 この疾患の頻度は200人に1人と推定している。 元来の臭鼻症と異なり、耳鼻科での痂皮除去が必須というものではない。しかし、馬油の鼻腔内吸入または生理食塩水による鼻腔洗浄を一日2回以上行うことが必要である。馬油の鼻腔内吸入により、その増殖した細菌および細菌の産生物を流し去ることが必要と考えられた。

 4症例は「鼻臭で悩む友の会」の臭鼻症と思われる症例を鼻腔鏡で診察したものであり、4症例とも自臭症として取り扱われてきた。

 患者は便臭を他人より訴えられる者が多いが、魚の腐ったような臭いがすると言われる患者も多い。便臭の場合は黄色ブドウ状球菌が増殖していると推測され、魚の腐ったような臭いがするときは緑膿菌が増殖していると推測される。細菌が鼻腔粘膜上に増殖し細菌の排泄物が悪臭を放つと考えられる。

 当初は「夜、眠前に馬油の鼻腔内吸入を一日1回行うと十分」と提唱していた。しかし、痂皮形成による痂皮に於ける細菌の増殖と排泄物の貯留ではなく、鼻粘膜上に於ける細菌の排泄物の貯留という病態であるため、馬油の鼻腔内吸入一日1回では不足であった。翌日の昼(または朝)には鼻腔より悪臭を放つ症例が多く観察された。そのため「馬油の鼻腔内吸入を一日2回以上行う」に修正した。

 また、生理食塩水による鼻腔洗浄でも同じ効果を同じ効果を得ることが出来るため、馬油の鼻腔内吸入だけではなく、生理食塩水または生理食塩水とほぼ同等の浸透圧を持つ食塩水による鼻腔洗浄も勧めるようになった。

 生理食塩水による鼻腔洗浄は体温に近い温度に温めて行わないと鼻腔内の繊毛細胞を傷付けるとも言われ、また例え生理食塩水を体温に近い温度に温めて行っても僅かながら鼻腔内の繊毛細胞を傷付けるとも言われ、馬油の鼻腔内吸入の方を勧めるが、馬油が臭いなどと嫌う人が多い。

 馬油の鼻腔内吸入および生理食塩水による鼻腔洗浄は鼻汁産生不全症を治癒させる根本的な治療法ではなく、姑息的に臭鼻を抑えるだけの方法でしかない。しかし、鼻汁産生不全症すなわち新しい概念の臭鼻症(新型臭鼻症と名付けることもできる)に処する方法は現在、これのみである。

 これは優性遺伝と推測されるものが認められることが多く、粘液産生能の遺伝が考えられる。その割合は、おおよそ3例中1例ほどであるが、精査するとその割合は更に高くなると思われる。

 厳格な菜食主義により軽症化することが非常に多く、その効果の強さは菜食主義をどれほど厳格に実行するかに比例する。また、生理のサイクルに呼応して鼻臭が強くなったり鼻臭がほとんど無くなることが多く観察される。

 

【文献】

1)石井健、高橋利弥、村井和夫 et al:萎縮性鼻炎手術による鼻副鼻腔異物の1例、八戸日赤紀要6、25-9、1999

2)近江健作:萎縮性鼻炎の細菌学的研究:久保式萎縮性鼻炎手術施行前後に於ける鼻腔内細菌叢の変遷に就いて、The Journal of Chiba Medical Society 32(6)、937-52、1957

3)古内一郎:萎縮性鼻炎、アレルギーの臨床 9(3)、172-5、1989

4)北村武:臭鼻症手術、耳鼻咽喉科手術全書 2 鼻・口・腔、東京、金原出版、pp185-211、1975

5)久保正雄、牧本一男:小児萎縮性鼻炎と偏食、日鼻会誌8、878、1953

6)長沢健一:臭鼻症に対する抗生物質の試み、日鼻会誌 9、269-73、1954

7)武藤二郎:萎縮性鼻炎・臭鼻症、JOHNS 8、1015-9、1992

8)野崎信行:萎縮性鼻炎に対する Eryies の長期的予後を示唆する1症例、日鼻会誌24、242、1986

9)下村友佳子、谷口郷美、松山文彦 et al:前鼻孔閉鎖術で軽快した萎縮性鼻炎の一例、耳鼻臨床 80、763-8、1987

10)横井秀也:萎縮性鼻炎の臨床統計及び本症に対するグリンポール使用経験、耳鼻臨床49巻6号、1956

11)渡辺尚彦、佐藤那奈、橘伸哉 et al:医原性萎縮性鼻炎 1 症例の治療経験、JJOMT 56、34-7、2008

 

 

 

*Four example of the "ozena" diagnosed as self-odor-syndrome.

               ---- Proposal of the ozena of a new concept----

 

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 Nasal mucus-producing imcompetence

         ——— Proposal of ozena of a new concept ———

 

 

 

[Abstract]

 The crust formation was not accepted, but experienced four cases that smelled of a strong nose.  Because the crust formation is not accepted, it does not apply to a concept of the ozena.

 The nasal cavity is quenched in nasal mucus, and the bacteria which multiplied and bacterial production  is washed away towards a throat by intranasal cilia, but it is thought that I show a strong nose smell  because there is little production of the nasal mucus in a certain people, and a bacterial production  is not washed away.

 It may be said that I have been overlooked because it is the condition of a patient recognized only as a bad smell without being recognized macroscopically. I do not tend to be worried about the bad smell when I perform intranasal inhalation of the horse oil more than twice a day.

 I named this nasal mucus-producing imcompetence. The frequency of this disease is high.

 

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