出勤前の新宿駅西口あたり、私は落合の事務所へ向かうべくバス停の方へ足を進めました。
そこで
「ちょっとアナタ」
と声をかけられました。
昔風のロットの細いパーマをあて髪を藤色に染めて、紫のセットアップ(?)春夏のニットの上下にハンカチを首に巻き、大荷物を抱えた老婆が私の目の前にいました。
干ばつ砂漠の亀裂みたいな皺が口元に集まり朱肉の様な口紅を引いた派手な老婆は
「新宿駅に行きたいの、どこかしら?」
と言います。
って言うか私からしたら新宿駅西口にいるのに何故駅がわからないのかしら?と思いつつも指を指して
「ここが新宿駅ですよ」
と言ったら、派手な老婆は蓮っ葉な口調で
「田舎モンなんでね、アラこれ全部が駅の入口なんだね驚いた、困っちまうよこんなに広けりゃさ、随分歩くんだろう電車に乗るまでよ、アタシ今日から東京都民になるんだよ、よろしくね」
などと言います。
なんとなく老婆と軽口を叩いていた所、信州の庭も蔵もある広い屋敷と畑を売り家仕舞いして、新宿区の高齢者住宅に独居するとの事でした。
「広いね新宿駅ってのはまったく」
と彼女はボソッと言い
「どうせさ、場所聞くならカッコいい人がいいと思ってよ、じゃーね」
と私の肩を叩き、まさしく広い改札口へ彼女は飲まれる様に消えて行ったのでした。