📍釜山近代歴史館 金庫美術館
住所:釜山広域市 中区 大庁路112 地下1階
アクセス:地下鉄1号線 中央駅5番出口から徒歩約6分
営業時間:9:00~18:00(入場は17時まで)
休館日:毎週月曜日、1月1日、休館日が祝日の場合は開館し、翌日休館
入場料:無料
電話番号 : 051-607-8002

釜山近現代歴史館 企画展示
企画展『新鮮な遺産、芸術で未来を開く』
期間:2025年3月25日~2025年8月17日まで
「避難首都釜山遺産」は韓国戦争当時の臨時首都釜山を代表する9つの文化遺産で、建築物型遺産5ヶ所と場所型遺産4ヶ所で構成されている。
展示は大きく3つの部分からなる。
<Part1:暮らしの基盤、狭い土地の上に生命>
6.25韓国戦争当時、釜山という限定された都市で100万人余りの失郷民を抱いて発生した代表的避難住居地の峨嵋洞と牛岩洞、避難民生業の踏み台である釜山港第1埠頭を通じて注目する。
<Part2:国際協力、平和のための支援と犠牲>
洛東江の防御線を守り、大韓民国の平和のために犠牲になった175万人の国連軍と国連と関連した「米国大使館兼米国公報院」、「国連墓地」、「ハヤリア基地」を3人の芸術家を通じて再構成する。
<Part3:避難首都、国家と政府の持続性>
臨時首都であるにもかかわらず、1023日間長期維持された政府を代弁できる国家機関と関連した3ヶ所(警務隊、臨時中央庁、国立中央観賞台)を芸術言語で再解釈する。
公式から引用

峨嵋洞の碑石 避難住居の地
幾層にもわたる奇妙な生と死の後は、韓国近代期のつらい歴史をそのまま表している。日本による植民地時代、日本人たちの共同墓地であり、朝鮮戦争期に釜山に押し寄せてきた多くの避難民たちはその上に家を建てて暮らした。人生の空間に一緒に位置している碑石はだた石から始まり、人間の使い方によって碑石になり、家になって石になって峨嵋洞に位置している。
この実物については、休学していた際に見に行ったので
懐かしさと同時に、またこういった芸術で展示していただけたことでこの事実が色々な人に広まって行って欲しいと感じました。
UN墓地
戦死者の帰還と燕の帰巣本能を連結し、戦争と気候変化が威嚇する平和の持続性と復元力を想起させ、集団記憶の復元とアイデンティティの回復、再建の意味を拡張し、未来世代のための記念碑的記憶の場所を提示。
臨時中央庁
臨時政府庁舎の威厳と石堂博物館の歴史的重さを墨のにじみで再現し、過去と現在の記憶を継承。石堂博物館の遺物から感じられる堅固さと知恵を作家ならではの公筆画技法と陳彩法で解きほぐし、視覚的な楽しさを与える。
警務隊
日本による植民地時代、慶尚南道知事官邸として建てられたこの建物は、朝鮮戦争勃発後、臨時首都大統領官邸として使用された。歴史的な曇りの中で外観は維持しなががらも、室内の空間機能と用途は占有者によって変わり、その痕跡は時代的意味と叙事を伝達する。
ミュージアムショップ
ここ本当にミュージアムショップなの?!と思うくらいにパッケージが可愛いモノばっかり売っていました😂
コーヒー、ビール、雑貨、食器類、キャラメルまで!!!
全部ほしかったですが、節約のために我慢しました、、、😿
では~💰












