と ん で も な い お と こ | mmmの 『 Art de vivre 』  Diary♪

mmmの 『 Art de vivre 』  Diary♪

『 Art de vivre 』  ・・・・  アール・ド・ヴィービル・・・・
生きている芸術・・・生きるなかにこそ アートがある・・・のような意味でしょうか??

そんな考え方に 少しでも近づけるよう、 目指して生きていきたいデス♪

もらい子で育てられ 実親の事も知らず

そこに第一のコンプレックスがあったのか

養子となった家では 大切に、 戦時中でも 白い米しか食べなかったのが自慢。。。

近所の同年代の子供にお菓子をばら撒き
お菓子を振る舞った子だけが (たぶん)周りに居た。



高校生の時に クラスの 『副級長』 をしたのが
80歳を過ぎても 酒を飲むと出てくる 唯一の自慢話し。


年上の妻との 結婚後も 隣の町への 『転勤』 が
めんどい(面倒くさい)からいやだ…と退職。。。


小学校教員の妻のコネで 郵便局に捩込んでもらい
局長試験を薦められても 『めんどい、めんどい、』 が 口癖で

結局 「ワシは、ヒラでやり抜けた」 が 口癖の これまた自慢。


ペーパードライバーで 親戚の人が車を買ったのを
「運転させてくれ」 …と、 借りて運転するも
日頃運転しないので 崖に脱輪させ

「めんどい、」 ので、 自分は歩いて帰り、 酒を飲んで寝た。


また、 友人と 山歩きで山へ入り
『途中でイヤになったので』
離れて歩いていた友人に 何も言わず

一人帰り戻り


夜まで 捜してくれた友人が 蒼白な顔で 「はぐれて、わからんなった」 …と
家に駆け込んで来た時も
すでに 酒を飲み 一人、 高鼾。。。



なんでもかんでも、周りの人に迷惑と尻拭いをかけながら

『やり抜けた』


夫婦、公務員で 商家や農家の皆が羨む
退職金も年金も充分な恵まれた老後。。。。


幼い頃と同じく…
酒を飲まして、自分の自慢話しを聞いてくれる人……だけが友人で



タガを締めていた妻が ボケると同時に
とたんに そのキライに拍車がかかり

借金、 ツケで 酒を振る舞い


昔からやっていた株も、ハイリスクな物へ


異様に執着している、 山を 幾つか買い

高価な掛け軸を 通販会社に薦められるまま 何十本も………

山と同じく、前の畑の土地も 言われるままの、
ぼったくり価格でも喜んで買い
通販の蟹セットなども、 一人で食べきれるはずもなく 捨てながら
三波春男・ 村田秀雄 …
ろくに聞かないCDセットや コラーゲン、 なた豆……

人前で見られないDVDや写真集
目につく通販 を 次々に購入。


二人合わせて 相当あったはずの退職金、
国民年金より多いはずの年金も使いはたし


しまいに 近所の、 自分より はるかに少ない年金の友人
(友人…だったのか?)
数人から 借金を重ね

百万近く ……

それでも 夫婦の年金が入ったら 一万円札を鷲掴みにして 出掛け
人に酒を飲まし、 5万もする エビネ蘭の鉢を買い

「5万もした、蘭や」 …と
借金している友人本人に 自慢する始末……

園芸の趣味など 元々ないのに………


好きな本は、部屋にうず高く、積み上げられ

かつて、 家の改築時に、 「仏壇を買う250万を貸してくれ」

…と 息子に借金し
返済が滞りはじめ
妻の介護施設も数ヶ月の未払い………


口篭っていた、近所からの 借金も やっと発覚し
息子3人が 夫婦の通帳を管理して

なんとか… やっと…
ご近所さまからの借金は 一年少しかけて 完済。



それでも お正月に 家族揃って お酒を酌み交わしても
悪びれもせず 貸してくれた友人を、感謝どころか 悪く言い


「一生保障される株がある。それを買う。」
(あるわけねーー(-_-メ))


「それで儲けたら、みなに100万づつ遣る」


「この掛け軸は、皇室にある物と同じ物」
(もちろん、ぼったくられ価格。印刷の複製)

「100まで生きたら、町長から50万円、もらえる」
(そんな作り話…「誰が言うたねん!」)


。。。。 と


大風呂敷の 広げまくりで

息子3人に 何と説教され、 口を揃えて罵倒され、
嫁にまで 辛辣に意見されても

まったく 意に介さず 最後は 息子に 頭叩かれても


「わしゃぁ、厭なことは、すっと忘れる」

「やり抜けた」


おめでたい 大迷惑な 子供おやじ 。。。



100まで生きるはずが
82歳。


普段通り朝ごはんたべたあと
(寝付いたり、身体の利かなくなる苦しみもなく)

あっけなく 逝きました。



死んだおばあさん(育ての親)の遺した僅かばかりのお金、
妻の貯金、お互いの生命保険まで解約し 全部使い尽くして。。。

言葉のとおり、『湯水のように』

葬儀費用も残さず、 残したのは 3男(私のオット) への借金。

『ろうきん』から、肩代わりして借り、
まだ 50万ほど 残っていたのに。

それも、 今年の お正月、 平気で
「この仏壇は100万した」 …と、 のたまわっていたな。


(あとの150万、……何に使ったの?ドンッ)


人さまから 借りていたお金の返済が
4月で 終わっていたのが

せめてもの救い。。。。


以前から
「葬式も出さんドンッ」 と 言っていた息子たちだったが


なんとか 形だけでも 息子・嫁6人、孫4人と、その婿2人
ごく近所のみと、地元に居る、ごく近しい親戚
20人程度で 小さな葬儀をした。


身長も 小さなおやじだったけど
精一杯の 威勢を 虚したかったんだろうな。

お骨もやっぱり小さかった。。。。



自分の欲しい物だけ買い
孫はともかく……
嫁には 何ひとつ、買ってくれたりしたことは無かったけど


一度だけ、 誕生日に 一万円の現金書留が送られてきて 驚いたな。


BDに送ったシャツなど、着てくれてるのは見たことなかったのにf^_^;
近年、私が気まぐれに送ったバレンタインの手作りチョコレートを
とても嬉しそうに、義姉に話したらしい。


その時は、『もっと早くに送ってあげていればよかった』
……と、ちょっと心がイタかった。



息子たちが言うには、『発達障害』で、
何をしでかしても、いつも誰かが(親が、妻が、最後は息子が)

尻を拭い、なんとかしてくれた。


息子3人は、中学から高知市内の学校に進学させたので
早くから手を離れた子供は寮生活。
(一人は高校から)

子育てしてない私が言うのもナンだけど
それも
人さまから『とっちゃんぼうや』
『サタンベイビー』……と呼ばれる原因のひとつだったように思う。

ともかく、社会的・福祉的な事は何ひとつせず
自分の楽しみのためだけに『やりたい放題、好き放題』で
『やり抜けた』。。。。(息子、評)


根はかわいい人、布袋さんのような容貌で
お酒を飲まない時は ニコニコと 子供っぽい人だった。


孫たちが小さかった頃に、付けたあだ名は…………『豆じい』

子供なりのセンスで、見抜いていたのか、言い得て……一同大納得^^


皆でお酒が 入ると さらに饒舌に 一緒に飲める私の手を握り
「嫁はみんな、大好き」 と 上機嫌に、

そして やはり子供っぽく 最後は 自慢や 目が据わり、
一人勝手に喋り『会話』 というものが 成り立ってなくても

平気に 自分の話しをし続けていた。


ここに書けない話しや、ひどい話しは(*_*)まだまだありますあせる(-.-;)



いまごろ ………

「やり抜けた」 と ほくそ笑んでいるだろうか。



それとも
「もうひとつ…山を、株を、買いたかった」 と
思っているかも。



会いたかっただろう、実の親にも会えたかな?


とんでもない 大迷惑おやじ の 大顛末。。

長々と 記録し、 すみませんあせる


最後まで読んで下さった方、 ありがとうございます。


この話しを 反面教師にして、 お互い…
もう少しはマシな 将来、老後を 考えていきましょう (ノ><)ノ

汗汗汗汗


お義父さん さようなら

ありがとうございました