マクロ ミクロ メゾ 仲介
頭脳神経細胞システムの構造 仕組み 実態を把握する目的
人を知る事
学ぶこと
いろいろな式 ruleがあるが
それは
一体
何のために必要なものだろうか?
いろいろな生命体そのものは
自動化した装置としてその肉体はあるが・・・
すこし
休みたいなと
思う時でも
休めない時とか
自動化しているそのバイオシステムは
どういう変化が状態としてあるのでしょうね・・・
人の意志
思想
おもうこと
想像すること
IMAGEと
実体
IDEA
と
現実
仲介するのは
文字
数字
絵画的写像
MODELの図形とか
一人
一人のその実態に
ちかついて
いきるための必要な事について
いま
それを
HELPする品物とは
何か
一人一人固有のNEEDSがあること
同時に
人々が
関係を構築して
社会システムを維持する役目もある
同時に
その社会システムを改善していく
協働者でもあること
コワーキングする事で
常に
フィードバックし
SYSTEMエラーを
再構築する事で
いまよりも少しでもより善い事を
品物として
生産できる事を狙いとする
いまよりも
少しでもより善い事とは
一体
何か?
情報
数理
ゲノム
倫理
以下は
AI研究の先駆者が「人類の家畜化」を懸念 教育の重要性を強調 京都賞受者講演会(産経新聞) - Yahoo!ニュース
『ギリガン氏は、心理学の理論に人々の関係性を重視した「ケアの倫理」と呼ばれる新たな学問分野を切り開いた。「飛び込んで聴く」と題した講演では、多様な問題の当事者から直接話を聞いてきた研究生活を回顧。普遍的な倫理を原則にするのではなく、当事者の関係性という視点から、一人ひとりにとって最も望ましい解決を模索する必要性を訴えかけた。』
以上は産経新聞サイトから参照。
「安那般那念経」(Ānāpānasati sutta)スートラとはストラとは、帯のような長い巻物
安寧の境地って何か体験してみないと理解する事は
無理だと云う事
どうしたら
安寧を体験できるのでしょうかね?
呼吸を
自分で
実際に
意識して
実際に
実行して
一つ
一つ
その行為を
とても
とても
丁寧に実践して
自分自身で
実際に
自分を観ること
その行為
ACT
ART
何か
薬を服薬して
気持ちの不安を消す事もあるでしょうけども
同時に
自分自らのその事を
いまあるもの
として
自己で誠実に
受け止める
行為という
実践は
実にそのまんま
誰にでも
出来る事だと云う事
いろいろな気持ちの騒がしい事があるとしても
一時
自己を自分で
意識する
いま
ここに
ある
いている
いるんだ
と
その認知形成は
同時に
自分という存在自体は
他の処には存在しない
いま
ここに
いきてあるんだ
息を吐く事
空気を吸う事
自己の外部にある空気
それを
自己の内部に取り込む事
そうして
いま
いきていること
心臓の鼓動
脈打つ血管
いま
あることの
実際に
ある
果実
成果
それは
何かに変える事など出来ない
身代わりになるものは
無い
貴重
UNIQUEであるとするそのものであること
共に
いのちが
いま
自らの肉体に
同時に存在してあるんだと
いう事実を
詳しく
知ろうとする努力
行為
投資
電車の中でも
歩行していても
仕事している時でも
眠る時でも
いつでも
自分という存在自体と
同時に他者という存在自体の
それぞれの
各位の
貴重であることの
無限を
詳しく察する事
その行為は
実に
merit
メルシー
を
どの人にも
贈る事でもある
当然
に
自分でも
その
メルシー
MERCEDESを
受け止める事でもある
あーー
いかったな
という
喜び
や悦び
そのしつまるってある
喜悦そのもの
以下は
Wikipediaから参照。
安那般那念 - Wikipedia
「安那般那念経」(Ānāpānasati sutta)では、呼吸を使った瞑想法について次のように具体的に記述されている。以下は安那般那念経(パーリ語の英訳版)からの引用である。
Breathing in long, he discerns, 'I am breathing in long'; or breathing out long, he discerns, 'I am breathing out long.' Or breathing in short, he discerns, 'I am breathing in short'; or breathing out short, he discerns, 'I am breathing out short.' He trains himself, 'I will breathe in sensitive to the entire body.' He trains himself, 'I will breathe out sensitive to the entire body.' He trains himself, 'I will breathe in calming bodily fabrication.' He trains himself, 'I will breathe out calming bodily fabrication.'[2][3]
長く息を吸っているときには「私は長く息を吸っている」とはっきり知り(pajānāti)、長く息を吐いているときには「私は長く息を吐いている」とはっきり知る。短く息を吸っているときには「私は短く息を吸っている」とはっきり知り、短く息を吐いているときには「私は短く息を吐いている」とはっきり知る。「私は全身の感覚を把握しながら(paṭisaṃvedī)息を吸おう」と訓練する(sikkhati)。「私は全身の感覚を把握しながら息を吐こう」と訓練する。「私は身行(=吸う息)[4]を静めて息を吸おう」と訓練する。「私は身行(=吐く息)[4]を静めて息を吐こう」と訓練する。
これがどのように修行をするのかについて書かれた一節である。このような修行に関して次のように述べられている。
This is how mindfulness of in-&-out breathing is developed & pursued so as to be of great fruit, of great benefit.[2][5]
これが呼吸による気づきであり、このように熱心に行い、自身を訓練することは大きな果報となり、大きな利益となる。
他者が痛いと体験していまあることを自分は実際に体験する事は出来ない自力ではとても無理だ。
他者が痛いと体験していまあることを自分は実際に体験する事は出来ない自力ではとても無理だ。
話を傾聴して
そのまま
事実を
受け止める事は
出来る
痛みというのは
見えない事だ
指標では
苦痛のスケールがある
程度
これ以上ないという痛み
全く痛みは無いとするときと
その範囲で
で
示す
どの程度の痛みなのか
それでも
無論
難しい事だ
その人が認知している痛みとは決して消える事が無い痛みの可能性もあるから
何か気分で紛らせる事で
痛みを除去できたら良いでしょうけども
そうもいかない
正に
釘で肉体を突き刺されてしまった痛みもある
メタファーではあるけども
実際に
そうだという人もある
痛み
PAIN
神経細胞が機能しないと痛みを認知しない場合もあるので
それもまた
別の痛みかもしれませんし
危険を予知できない事でもある
熱い水でも
その熱いという感じたて自分で覚える事が出来ない肉体の機能に支障がある方もあるのですしね
侵害されていつも痛みを抱えて
痛みと共に生きる事をしている方もあるし
親愛なる方の死で
その心にいつも痛みを
抱えている方もいますし
いたみ
いたむこと
切なし
切りない事である
いつまでも
生きている事で
その痛みを
抱えている事で
苦
苦を
一つ
一つ
積み重ねている事
その苦とは
meritの事ではあるまいか
というのは
痛みを知っている者は
あるか
共に
痛む事をして
実に
共に痛みを
体験してくれて
一緒に
ともにあゆむ者はあるのか
と
周囲を探して観る事
心配する事では無い事
不安に駆られて
そうして
何かを喪失する痛みと云う事ではなく
予期不安
また
苦痛を体験しないとならないんかなと
いう
将来への嫌な気持ちを
携えている事もあるものだ
苦痛を体験したことで
何に
注目したら
meritはあるだろうか
天にまします父は
見捨てて居るだろうか
という問いかけは
キリストイエシュアと共にある人は
どうでしょうか
しつかにして
彼の枯木に手足を
釘に刺されて
いま
あること
生木を枯木に釘付けにして
接ぎ木の状態を
観る事は
どんなmeritがあるのでしょう
自力で
全て
忍耐する事では無い事
助力があるんだと
自覚できているという
人の目には見えない
智恵
上智こそ
そこには光としてある
これも
暗喩ではあり
Catholicは
普遍という意味ですので
何をあまねくあまりなしと
普通価値と出来るんか
です
そんな事
ある事は無いだろうと
いう者も大勢しますし
何が神だ
神はいるなら
人に
苦痛も
不幸も無いじゃないか
いま
ある不幸や苦痛は
全知
全能
全善である神など居ないという確実な証拠じゃないか
と
主張する者も世の中には複数人います
どこまでも自力で忍耐することこそ
有能な証拠なのだと
自力でなんでも出来るんだと
信じ込む事を強化する者もある
どんな事が
最善なのでしょうかね
柔軟な発想とか
答えは一つではないかもしれない
し
共感する事でもないかもしれない
委託するとはどういうことでしょうかね
完全に善い者があるなら
必ずそのものは
その苦痛を
知っていると云う事だ
個人
個人にある個別の苦痛体験を
全て理解し
一緒に
体験してくれていると云う事だ
そんな事は
人智では
決して
実現できないことで
ゆえに
人の中には
完全に善いものなど居ないと云う事でもある
では
完全に善い者とは
一体
誰の事か
とか
何の事か
ということ
無理やり
何かを信じ込む必要など無い
信じれば
救われるとかいう方便は
おかしい
共にいきますか
信頼を互いに
構築していきませんか
と云う事が
TRUST
一つ
一つの
疑問を
問う事を
疑う事はわるいことだとか
断罪しないでね
事実を事実として
誠実に
受け止めて
調べてみる事
物理的にある痛みは
頭脳神経細胞システムの仕組みの何かの支障を抱えているための
痛みを常に感じている現象がある場合もあるから
それは
もしかしたら
人自身よりも何倍も小さな存在である
VIRUSによる作用の結果かもしれないし
それは
何か人体の臓器の機能との相互作用の仕組み自体に
不都合が発生しているかもしれないし
いろいろな
支障を想定は可能であるし
それらを検証する作業に投資することも賢明でもある
物理の現象を
精査して
実際に
検証する事は
それらの仕組みを
知ることの方法の一つでもある
対処療法というのもあるし
根治療法というのもあるけども
全部
医療の対象にはならない事でもある
痛みというのは
医学的な投薬で治療できる可能性も探求すことは賢明だが
同時に
そうではない
人としての対話として
どう
その痛みを
受け止めるか
という
方法にも
ずっと
いまよりも
投資する事が
必要ではあるのです
いきるということは
医療SYSTEMだけの問題では無いからです
一人
一人に
どの人にも
その複数の痛みを
抱える可能性があるので
あるからこそ
痛み
について
人のそのNEEDSと共に
研究する事は
重要なテーマの一つだと云う事
南山堂安居子