スイス各地を転々としながら、商談を重ねた。まず一月、ローザンヌに小さな店をオープン。現在、モントレーとジュネーブに店を出す準備を着々と進めている。なかでもジュネープで出店を予定している場所はスイス国内有数の繁華街で、ここへの出店は、ロべルトたちの海外進出戦略の成否を占うものとなる。
しかし、コジモやフィリッポら息子たちは、ロべルトとA氏の動きを、必ずしも歓迎していなかった。息子たちからしてみれば、やみくもに海外へ展開する戦略は一発花火的で、うまくいけば元を取れるとしても、ひとつ間違えば大きな損失
を出す。小さな会社にとって、それは致命傷になりかねな現に、日本の里示、名古屋に華々しくオープンした店は業績がまったく伸びずに、一年余りで閉店を余儀なくされ、甚大な損失をこうむっていた。この日本進出の際もコジモら息子たちは、ロべルトに強い危倶の念を表明していた。
「お父さん、日本側の取り引き先は、本当に信用できるんですか。ぼくらから見たら、どうも話がうますぎるし、もう少し相手を見極める時間をもって、慎重に契約を進めたほうがいいのではないですか」ロべルトは大丈夫だと主張し、息子たちの心配を振り切って日本へと進出したが、結局は日本側配給元の経営基盤が極めて不安定で、またたく間に倒産してしまう。