話し上手より、聞き上手ですが・・・。
家庭教師という仕事、
「もちろん話し上手より、聞き上手」 という
先人の見つけ出した素晴らしい格言
これは非常に大切な要素です。
父兄の方も、生徒さんも、
一方的に自分の説明ばかりする
お家にお邪魔する家庭教師の説教じみた話を
延々聞きたいとは、思ってもらえません。
話したいことが、きっと、たくさんあることが、
伺える場面によく出くわします。
そうしたとき、最良の聞き手を目指さなくてはなりません。
これは、父兄、生徒、家庭教師、という三者を
うまくつないでいく手段にもなります。
しかしながら、勉強をご教授させていただくお仕事ですので、
黙ってばかりはいられません。
少し、長くなりそうですので、
次の記事に続けます。 続きは、パート2にします。
日本の政治
菅内閣の内閣不信任案をあつかった
自民党の大島さんという人の
国会答弁を聞いていました。
確かに菅首相は、
頼りなかったとは思います。
いつかこの時が、来ることも
遠からず想像の域でしょう。
しかしながら、その答弁を聞くに
いつものことながら、
批判と指摘を繰り返すばかりで残念なものでした。
不信任を下してからの、
明確なビジョンをしっかり答弁してほしかった。
(そもそも、今、日本の国に頭をもたげている重要な問題の多くは、自民党政権時代にばらまいた、政策が多く、日本の財政のひっ迫、年金問題など、原発問題もしかりです。自民党が今更、現政権を批判する資格はないと思うのです。そのことについて、自民党自体反省の弁が少なすぎます。)
では、実際、答弁をしている大島さん、
あなたが首相になったら、
この未曾有の国難を
乗り切れるだけのリーダーシップが、
おありなんですか!?といち国民として問いたいのです。
建設的な国会運営が、
なぜ、できないのか!?
議員報酬にも、高い税金を投入し、
実際は、国会では、もめているだけです。
もめているのが、仕事ではなく、
日本の国を、前に進めていくのが政治です。
幻滅に幻滅を重ね、
日本国民は、もう、とっくに日本の政治について、目を覆いたくなっている。
それが、現実です。
足の引っ張り合いから、領域を出られない日本の政治。
もうそろそろ、現在の仕組み、議院内閣制の根本に
手を入れていかなければ、
このままでは、愚かな政治家たちに
国を滅ぼされていきかねない状況に
あるのではないかと思います。
私は、今回のような未曽有の災害での様子などから、
自分の生活を犠牲にしてまで、
駆け付けたボランティアの方々のほうが、
よほど、日本のくだらない政治家たちより、
政治家としての資質を持っておられるのではないかと思います。
国会中継をみて、いつも腹立たしくなるのは、
私だけでしょうか?
褒めることの難しさ。
自主性を引き出してくる には、
まず、少しずつでもやる気になってもらわなくてはなりません。
やる気のない人にやる気になってもらうことは、
結構根気が要って、時間もかかります。
やる気のないところから、
自主性など到底生まれないので、
まず、やる気になってもらわなくてはなりません。
そこで、あの手この手で、やる気を持ってもらうように
指導していくわけですが、一つ、私が、非常に神経を使っていることがあります。
それは、褒めるタイミングです。
これは、大変大事な要素です。
タイミングを間違ったり、タイミングを逃してしまうと
逆にやる気をなくしてしまうことになりかねません。
私の経験上、相対的に人は、褒められたいという思いを、
どこか片隅には、持っているように思います。
これは、大人も子供も一緒だと思います。
「やってあたりまえ」、のようになってしまうと本当につまらないことになります。
今の時代、多くの社会人が会社でやってもやっても同じことで、
評価にもつながらず、ただ、仕事量だけを増やされている
社会人を、私の周りでたくさん見ておりますが、
これは、健全な人間として、やっていくには、あまりにも人間味のないことです。
私が、前職の会社を辞めた大きな理由は、ここにあります。
少し、話がそれましたので、戻します。
子供たちも、頑張りを褒めてほしい。
ここです。
しかし、中学生にもなると、少し、親との距離の取り方が、
いったん難しくなり、親からは、小学生の時のように
うまく褒められなくなる。
でも、依然として子供は褒められたい。
しかし、うまく伝わってこない。
こういう親子間のジレンマを抱えておられるご家庭を
よく目にします。
しかし、ここからが、私のプロ家庭教師たる所以なのですが、
中学生くらいになると、これが、あまり褒め過ぎても、ダメ。
また、褒めなさ過ぎてもダメ。
ここのサジ加減とタイミングに細心の注意を払って、
心から褒める とびっくりするほど、やる気を持ってくれたり
成績を上昇させてきたりします。
私は、ここが、人材育成の肝だと思っています。
もちろん、人の道に外れたことをしたりしたときは、真剣に叱ります。
褒めてばかりではありません。
コミュニケーションツールばかり増え、
一見、コミュニケーションがうまくなったかのような現代人ですが、
実は、そうではないのかもしれません。
真剣に叱られたり、真剣に褒められたりする
人間社会にもともとある大切なコミュニケーションについては、
あまり体験がなく、これこそ、日本の現代社会に求められている
一つの要素なのではないかと思います。