話術
家庭教師のような、人に物事を伝える仕事をしていると
話術というものが、多少は必要になってきます。
このことについて、私の考え方はいたってシンプルです。
・難しいことを、いかに簡単に噛み砕いて伝えるか。
・頃合いよく、ジョークを交える。
この2つです。
同じことを伝えるにしても、
人が変わると、どうも難しく聞こえたり、
最悪、話し方自体が、つまらなく感じたりする経験はありませんか?
私の学生当時の経験でも、学校の先生のしゃべり方が、
つまらなくて、その教科が、好きになれなかった経験があります。
そういうことを考えますと、
この話術というのは、
周囲に影響を及ぼす重要な要素と言えます。
わかりやすく、相手に伝えるにはどうしたら良いかを
追求していけば、必然的に相手には伝わりやすくなると考えます。
あとは、どのような事の中にも潜むユーモアを見つけるセンスを磨くこと、
これも、重要だと思います。
会話というのは、センスだとおっしゃる方が、みえますが、
私は、これも鍛えれば、身につくものだと思います。
私は、このセンスを今まで、たくさんの人にお会いする事や、飲み会、
あと、最近参考にさせてもらっているのは、古典落語などから、
習得してきました。
また、このことは、一生の勉強と捉えています。
面白おかしく、難しいことを説明できるようになれば、
世界は広がります。
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歴史を学ぶ意義
『自主性』を引き出す家庭教師@マキノです。
今日は、歴史を学ぶ意義という記事を書きたいと思います。
家庭教師先の生徒さんを見ていますと、
歴史という教科に対して持っている印象が
真っ二つに分かれているような気がします。
①、やる理由さえ見つからない。
②、好きな方なので、興味がある。
けっこう、生徒さんによって、はっきり、わかれる教科だという感触です。
なぜ、そうなっていくのか?
日本の中学校で教える歴史という教科の、
進行方法に無理があるような気がします。
その理由は、学習期間の短さに対し、
非常に広範囲の歴史を学習しなくてはならない、
つまり、ダイジェスト版にならざるを得ない、本質的な欠点があるように思います。
現在の中学生の歴史教育に対し、若干の工夫が見られはしますが、
やはり、本質的な歴史教育の欠陥は、拭い去れていないような気がします。
歴史を学ぶことの良さというのは、
いったいどこにあるのか?
それは、脈々と受け継がれてきた人類の営み、
人間ドラマを学ぶことにより、学んだ者の人生の参考にしていくことにあると考えます。
歴史上の大事業や、失政、芸術などを学ぶ上で、
後世に名を遺した人々や、その時代を生きた人々には、
どのような人間ドラマが、展開されていたのか!?
ここを学んでいかなければ、歴史を学ぶ意義が、
半減してしまいます。
温故知新という言葉がありますが、
歴史教育は、ダイジェスト版では、
本来の良さが出ないのです。
もちろん、何年に、誰が、どうした、という
年代ごとの事実の把握は必要な事ではあります。
しかしながら、本来学ばなくてはならないポイントは、
つぎに書くようなことにあると思います。
いつの時代も、今と変わらない人間が、
起こしてきた数々の営みを学ぶことによって、
人は、多く過ちを犯すことを学び、
また、現在の人間より、はるかに立派な知恵を持っていた人物が多くいることに気づきます。
気づいたところから、自分の人生に生かす、
歴史の学習には、その大きな示唆が、限りなく含まれているのです。
大変、意義のある教科です。

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今日は、歴史を学ぶ意義という記事を書きたいと思います。
家庭教師先の生徒さんを見ていますと、
歴史という教科に対して持っている印象が
真っ二つに分かれているような気がします。
①、やる理由さえ見つからない。
②、好きな方なので、興味がある。
けっこう、生徒さんによって、はっきり、わかれる教科だという感触です。
なぜ、そうなっていくのか?
日本の中学校で教える歴史という教科の、
進行方法に無理があるような気がします。
その理由は、学習期間の短さに対し、
非常に広範囲の歴史を学習しなくてはならない、
つまり、ダイジェスト版にならざるを得ない、本質的な欠点があるように思います。
現在の中学生の歴史教育に対し、若干の工夫が見られはしますが、
やはり、本質的な歴史教育の欠陥は、拭い去れていないような気がします。
歴史を学ぶことの良さというのは、
いったいどこにあるのか?
それは、脈々と受け継がれてきた人類の営み、
人間ドラマを学ぶことにより、学んだ者の人生の参考にしていくことにあると考えます。
歴史上の大事業や、失政、芸術などを学ぶ上で、
後世に名を遺した人々や、その時代を生きた人々には、
どのような人間ドラマが、展開されていたのか!?
ここを学んでいかなければ、歴史を学ぶ意義が、
半減してしまいます。
温故知新という言葉がありますが、
歴史教育は、ダイジェスト版では、
本来の良さが出ないのです。
もちろん、何年に、誰が、どうした、という
年代ごとの事実の把握は必要な事ではあります。
しかしながら、本来学ばなくてはならないポイントは、
つぎに書くようなことにあると思います。
いつの時代も、今と変わらない人間が、
起こしてきた数々の営みを学ぶことによって、
人は、多く過ちを犯すことを学び、
また、現在の人間より、はるかに立派な知恵を持っていた人物が多くいることに気づきます。
気づいたところから、自分の人生に生かす、
歴史の学習には、その大きな示唆が、限りなく含まれているのです。
大変、意義のある教科です。
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質と量の両立までの道のり
家庭教師というマンツーマンの指導形態で
学習指導をおこなっていると、
さまざまに気付くことがあります。
学習において、結果を出すためには、
質と量をしっかりこなしていけばなりません。
普段から質の高い学習を、たくさんこなせば、実力へと変わり
テストの結果につながりやすくなります。
テストの点数を上げることを、
究極的に簡単に説明すれば、
こういうことになるでしょうか。
しかしながら、ここに
勉強嫌いとか、
苦手意識など
というものが加味されると
この『質と量の両立』に至るまでの道のりが長くなります。
私は、この道のりを正しく指導していくことが、
その後の持続性という点で大きく左右してくると思われます。
苦手なものが苦手でなくなったり、
嫌いなものが好きになったり、
肝心なことは、
「あ、案外できる!」
と感覚的に感じてもらうことに注意しています。
つまり、自分が思っていたより、
実際は、そこまで苦手ではないということに
気づいてもらうように指導します。
この『動機づけ』ともいうべきタイミングを、
生徒さんに楽しんでもらえるように指導しています。
嫌なものを楽しんで指導なんかできるの!?
と、ご質問をいただきそうですが、
これができるのが、特徴的な指導方法かもしれません。

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学習指導をおこなっていると、
さまざまに気付くことがあります。
学習において、結果を出すためには、
質と量をしっかりこなしていけばなりません。
普段から質の高い学習を、たくさんこなせば、実力へと変わり
テストの結果につながりやすくなります。
テストの点数を上げることを、
究極的に簡単に説明すれば、
こういうことになるでしょうか。
しかしながら、ここに
勉強嫌いとか、
苦手意識など
というものが加味されると
この『質と量の両立』に至るまでの道のりが長くなります。
私は、この道のりを正しく指導していくことが、
その後の持続性という点で大きく左右してくると思われます。
苦手なものが苦手でなくなったり、
嫌いなものが好きになったり、
肝心なことは、
「あ、案外できる!」
と感覚的に感じてもらうことに注意しています。
つまり、自分が思っていたより、
実際は、そこまで苦手ではないということに
気づいてもらうように指導します。
この『動機づけ』ともいうべきタイミングを、
生徒さんに楽しんでもらえるように指導しています。
嫌なものを楽しんで指導なんかできるの!?
と、ご質問をいただきそうですが、
これができるのが、特徴的な指導方法かもしれません。
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