プロ野球のドラフト会議は10月23日に開催されるが、東京六大学野球に加盟する東京大学の渡辺尚輝投手がプロ志望届を提出したことが10日、全日本大学野球連盟のホームページに掲載されました。

 東京・海城高校出身で、農学部の渡辺投手は、元ロッテ投手の父・俊介さんと同じ右下手投げ。東京六大学リーグでは主に先発として登板し、今春まで通算21試合の登板で1勝9敗、防御率4.34でした。

 東大出身のプロ野球選手は、過去6人います。最初は新治伸治。1965年に大洋漁業(現マルハニチロ)へ入社したが、当時の球団オーナーの意向で、サラリーマンの身分のまま大洋ホエールズ(現DeNA)に「出向」し、史上初の「東大出身のプロ野球選手」が誕生しました。同年は主に中継ぎとして40試合に登板し、5勝2敗、防御率3.16。66年も37試合に投げて4勝4敗、防御率3.60とチームに貢献しました。

 68年に現役を退いてからは親会社に復帰し、関係会社の社長にまで出世する傍ら、球団の顧問なども経験。プロ野球で残した通算9勝は、東大出身投手の最多勝利記録となっています。

 2人目は井出峻。東大のエースとして活躍し、66年ドラフトで中日から3位指名を受けると、三菱商事の内定を辞退してプロ入り。初のドラフト指名されて入団した東大出身のプロ野球選手となりました。1年目にプロ入り初勝利を挙げた試合で、奇しくも新治との史上唯一の「東大出身投手の投げ合い」を実現させました。しかし、17試合に登板して1勝4敗、防御率5.13と苦しみ、結局プロで挙げた白星は1勝のみでした。

 それでも、俊足と強肩を買われて外野手へ転向すると、出場機会を増やし、73年5月5日の巨人戦で高橋一三投手から決勝弾となる本塁打を打ちました。東大出身者が記録した本塁打は、これが唯一です。通算359試合出場は東大出身では歴代最多となります。現役引退後はコーチやフロントとしてチームに携わり、球団代表まで上り詰めました。

 3人目は小林至。東大では通算0勝12敗ながら、入団テストと練習生を経て、92年のドラフト8位でロッテに入団。2年間の現役生活で一軍登板はなかったが、引退後は米コロンビア大学経営大学院でMBAを取得。2005年からソフトバンクの取締役などを務めました。

 4人目は遠藤良平。東大史上最多の通算8勝を東京大学リーグで挙げ、1999年、ドラフト7位で日本ハム入団。一軍登板は1試合のみだったが、引退後は同球団ゼネラルマネージャー補佐などを務めています。

 5人目は松家卓弘。2004年にドラフト9位で横浜入団。プロでは14試合に登板したが、勝利を挙げることは出来ず、12年に戦力外通告。しかし、15年に香川県教員採用試験に合格。県立高松西高校などに勤務し、野球部部長などを歴任しています。

 6人目は宮台康平。17年にドラフト7位で日本ハム入りし、その後、ヤクルトに移籍。プロ通算3試合に登板したが、未勝利に終わりました。22年に現役引退し、弁護士の資格取得を目指して24年1月10日、東大法科大学院に合格したと発表されました。

 渡辺の父・俊介はプロ通算87勝82敗の成績を残したが、尚輝は果たしてドラフト指名されるか、プロ入りできたら、どれ程の成績を残せるか、注目されます。

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 1984年の王監督の時代から、藤田、長嶋、原監督まで、20年以上巨人を担当した某新聞社運動部元記者。