米大リーグのドジャース対ダイヤモンドバックス戦が30日(日本時間31日)、ドジャースタジアムで行われました。
ドジャースの「1番、DH」で出場の大谷翔平は、1932年にジミー・フォックス(アスレチックス)がマークした「8月末までに45本塁打、90四球、120得点」を、93年ぶりに達成しました。
フォックスは同年、最終的には58本塁打、116四球、151得点の成績を残しました。翌33年には三冠王に輝き、通算で首位打者2回、534本塁打で本塁打王4回、打点王3回を獲得したスラッガー。34年にはベーブ・ルース(ヤンキース)らとともに来日し、日米野球で沢村栄治と対戦したことでも知られています。
またしても伝説的な記録を達成した大谷。しかし、この試合は、第1打席がニゴロ、第2打席は空振りの三振。第3打席は五回、無死ニ、三塁の先制機だったが、浅い左飛で、タッチアップした三塁走者のK・ヘルナンデスが本塁タッチアウトになる併殺に終わりました。
3点先取された後の七回、二死一塁の第4打席は、左腕サルフランクから四球を選び、一、二塁と好機を広げました。ここでベッツが中前適時打を放ち、ドジャースは1点返したが、チームは連敗を喫しました。
本塁打王争いでは、1試合4本塁打を放ったシュワバー(フィリーズ)に4本差付けられている大谷だが、伝説的な記録を数多く更新しているだけに、逆転のタイトル獲得も可能性は十分あるはずです。
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1984年の王監督の時代から、藤田、長嶋、原監督まで、20年以上巨人を担当した某新聞社運動部元記者。