3日に肺炎のため89歳で死去した長嶋茂雄・巨人軍終身名誉監督の葬儀・告別式が8日、都内で行われました。参列したまな弟子の松井秀喜さんは師弟で過ごした日々を振り返りました。

 その中で、現役時代、長嶋さんが守っていたサードをやりたいと直訴すると、「お前はやっぱりセンターだ。俺はお前をジョー・ディマジオにしたいんだ」と言われたそうです。直後はピンとこなかったが、素振りで長嶋さんの自宅へ行った時、ディマジオのバットと大きな写真を見つけ、なぜセンターと言ったのかがわかったと話しました。

 長嶋さんが立教大学在籍の頃、砂押邦信監督が米国野球を徹底的に研究し、最先端技術を導入していました。その時、ディマジオらを引き合いに出していて、その影響でディマジオファンになったそうです。スチール写真だとか、バッティングの連続写真をいつも見ていて「あのディマジオでさえ全力疾走を怠らない、ギブアップしない。どんなにワンサイドで負けていても最後の最後までプレーヤーとしての使命を果たす。これがメジャーの選手なんだ」と。

 さらに、松井さんが「私が大リーグに行く時にヤンキースを選んだのは、ディマジオがヤンキースの選手だったからですよ」と長嶋さんに話すと、「長嶋さんは壇上写真のような笑顔を見せてくれました」と松井さんは弔辞で述べていました。

 長嶋さんは若い頃、メジャーに行きたかったが、ドジャースのウォルター・オマリー・オーナーからの誘いを、巨人の正力松太郎オーナーが断ったために実現しませんでした。

 それが、まな弟子がヤンキースでワールドシリーズMVPに、大谷翔平がドジャースで本塁打王と打点王に耀くなど、後輩たちが長嶋さんの志ざしを引き継いでくれたことは、何よりの供養となったことと想像します。

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  1984年の王監督の時代から、藤田、長嶋、原監督まで、20年以上巨人を担当した某新聞社運動部元記者。