海住山寺を訪ねて… | The Sam's Room

The Sam's Room

おもしろいこと、楽しいこと、気になること、美味しいこと、何でもかんでも『やってみる』ことが心情のSAMのブログでございます。

変なルートをとった珍台風が去って、

霧

またもや酷暑…。

晴れ

クッソ暑い日々が続いておりますが、
皆様如何お過ごし?





こんな時は…、
デパートに潜むか、
カフェでボ~ッとするか、
軽井沢の別荘でユッタリ酢るンがベストですなぁ、ナンチテ。
ベッソウナンカモッテヘンケド…。



そんなこんなの酷暑と戦う日々、
仕事にも追われ、
酷暑にも痛めつけられ、
世の中の理不尽さと戦うには…

いささか辛うございますなぁ。




…ちゅうことで、忙中ではありますが、チョイと逃避を試みよう!


ということで、やってきましたのは『海住山寺』。

んっっ?

海住山寺…


なんて読むのぉ?

うみすむやまでら!?

チャウなあ…。


かいじゅうせんじ
海住山寺

こう読むのでございます。

イメージ 1


場所は木津川。


わかるかなぁ~
わかんないだろうなぁ~。


木津川市は京都府とは言え、奈良県に接する京都の一番南の端。
前々回レポートいたしました『恭仁京』を眼下に望める小高いところに建っております。


かの遷都を繰り返した、
かの東大寺大仏を建立した、
聖武天皇が…

『平城京』の鬼門に当たるところにお寺を建てれば、
東大寺大仏の造立が無事成就するでぇ~、と夢のお告げがあったので建立したとか。


エエなぁ、

夢を見て『寺、建てよか』と言える権力者!?





さておき…
そんなこんなで、出来た古刹。
寺伝では天平7年(735年)の開山だそうです。

で、ここで有名なのがコレでございます。

イメージ 2

五重塔。


もっとでっかいのかと思ったら、意外と小さい。


でも、小さいからといってバカにしちゃイケねぇ、そこのおね~さん!

小さくても『国宝』。

お国の宝でございます。


コノ塔の特徴は…、
いっちゃん下の屋根のトコロにご注目くださいませ。

イメージ 3


初層の屋根の下に裳階(もこし)と呼ぶ庇を設けるのでございます。
裳階(もこし)をもつ五重塔は法隆寺五重塔の例があるだけですが、
現存する平安 - 鎌倉時代の五重塔では海住山寺塔だけ、これだけなのでございます。

ま、興味があるなしの問題はありますが。(^_^;)




で、本堂は…

イメージ 4

ま、なんてこと無い普通の本堂。
ですが、国宝や重要文化財がゴッチャリある古刹なのでございます。




お寺は一時廃寺となりましたが、
承元2年(1208年)、貞慶(解脱上人)によって中興され、
その寺号を補陀洛山海住山寺と改められたそうです。

ふ~ん…


で、貞慶(解脱上人)とは…、

平安時代末期 から鎌倉時代初期の僧で、
こお当時猛烈な勢いで布教し、
民衆の支持を受けた法然上人の『浄土教』を激しく批判したコトで有名やな。

明恵上人とケッタクして、
『念仏峡なんてアカン、信じられヘンでナァ~』と、
戒律の復興に必死こいていたそうな。


そんなこんなの海住山寺。

境内には…

イメージ 5


こんな石風呂があります。

これは手水鉢にしては大きすぎるし、でもコレだけのものだから、
ヤッパリお風呂として使われていたらしい、と言う。

へぇ~、
でも、どうやって炊かすの?

一節に寄れば、釡で沸かしたお湯を入れたそうな。
それが証拠に、
現状の石の傷み方はお湯を注いでは冷やしという作業を繰り返したコトによる
花崗岩の組織劣化だとか。

ま、よ~わかりませんが…。


そんなこんなの海住山寺…。
クッソ面倒なこと、ウンチクをもうヒトツ。

海住山寺という寺号について。


海とは…
観音の衆生を救済しようという誓願が海のように広大であること。
そして、
海のような観音の誓願に安住すると、という意味を持つのだとか。

山は…
インド仏教では観音の住ンでらっしゃるトコは南方海中の補陀洛山(ポータラカ山)にあるとされることから、
海に住する山である…ということのようでございます。

そんなこんなの海住山寺。



天平の歴史を感じ、
鎌倉仏教を改めて考えたお寺を訪ねるの記でございました。


…ちゅうことで、

もう、暑い!!!!


なんか食べに行こ!

そうや、宇治にイコカ…



…ちゅうことで、宇治に行きます。




ほな

また


チョキ