発達障害の本を読んでいます。
自分に当てはまる点が多く
目から鱗がざらざらと落ちています。
昭和50年代前半生まれなので
発達障害という言葉が今ほど一般的でなく
グレーなら通常学級に入る時代。
他の人が出来る事がどうして出来ないんだろう。
と物心ついた頃から感じていました。
折り紙とか時計の針を読むとか
指示が全部抜けていくとか。
これまでやらかした失敗の多くは
その「特性」とされている行動に
起因するものばかり。
よくこの年まで生きてきたね。
と自分を褒めました。
幼稚園から社会人になるまで
生きにくいことばかりでしたが
他の人もそうなのかと思っていました。
手先が壊滅的に不器用でギフトシーズンの
包装単発バイトは研修の時点で
「帰っていいよ」
と言われました。
算数も分からなかったし。
母はおそらく何かしら思う事があったはず。
優等生だった自分と比べて
自分の子供は何か違うと。
恐らく父親の遺伝だと思います。
父は人と話すことや臨機応変な対応が苦手です。
怒ると感情のコントロールができません。
正しい処置をしてくれる医療アクセスも無く
父もまた生きにくい世の中を生きているのだと
思います。
算数の問題は今見てみると
読解力で解けるものが多く
基礎と応用を繰り返す事で
高一ぐらいまでなら
何とかなったのかもしれません。
母は私が勉強しない事を自己責任として
処理することにしたようです。
困るのは自分なんだから。
塾にも通わず自分一人で勉強計画を立て
継続できる子供がどれだけいるのでしょうか。
うちの母はそういう稀有なタイプだったようです。
勉強が大切だと言うことを
ちゃんと教えればよかった。
とこの間しみじみ言われました。
自分の子供にLDの可能性がある事を
認めたく無かったのだと思います。
子供の頃に心療内科や精神科を受診していたら
もう少し穏やかで傷の少ない人生を
送れていたかもしれないのに。
もう大人なので発達障害の人が
生きやすくなる方法を自分で探す事ができる。
これまで悩んでいた数々の苦手項目へ
どうやって対処するのか
教えてくれる本がたくさんあります。
経験から学んで修正できた特性も
結構ある事が分かりました。
努力不足や面倒くさがりなのではなく
出来ないと言う特性。
その事実が分かれば対応方法も
探す事ができます。
だらしがない
と叱責されるより
建設的です。
出来ない事の影響を最小限にする為に
色々な工夫をしていこうと思います。
