会社物語
昨日のエントリーを書いている最中、ふと思い出した。
- 松竹
- 会社物語
未だDVDにはなっていないようだが、ハナ肇とクレイジーキャッツ主演の名作。
この中で植木等が叫ぶ台詞がある。
「今の日本は、俺達が作ったんだぞぉ!」
私は20年後、30年後に、同じ台詞を叫ぶことが出来るだろうか。20年、30年かけて、自分達が作ったと誇れる日本を実現できるだろうか。
私は、それに向けて何ができるだろうか。
人を殺してはいけないのか? (2)
<続き >
殺人に関して考えている部分を先に述べた。
では、私自身は「殺人の良し悪し」について実際の場面では何と言っているだろうか。
殺人の良し悪しについて議論をする場で無い限り、私が言うのは「人を殺してはいけない」だ。理由は
子供が真似をするから
である。
子供は大人の真似をする生き物だ。行為の意味やそれに伴う責任を理解しないままに、ただ行為を真似る。そして、結果についての責任を取ることも出来ない。子供が行った行為の結果は、大人が引き受けなくてはいけない。それを引き受ける覚悟が無いのに行うのであれば、それは無責任の謗りを免れることは無いだろう。
相当に無茶な事を言っているとは思う。
自分とは無関係な子供が行った行為であっても、その行為にまつわる責任の一端を担っていることを覚悟し自覚しろと言っているのだから。
自分の子供。
近所の子供。
日本のどこかの子供。
他の国の子供。
それぞれに、関係性に基づく違いはあっても、たとえ僅かなものであっても大人としての責任を自覚すること。これがあって初めて将来の社会がより良いもの(=私にとってそうあって欲しいと思うもの)になっていくのだろうと思う。
人を殺してはいけないのか? (1)
産経新聞に【命を考える】という記事。
なぜ人を殺してはいけないか(上)希薄になった「死」 (iza)
なぜ人を殺してはいけないか(中)「自分を大切に」から (iza)
なぜ人を殺してはいけないか(下)二度と作れないもの (iza)
以前のエントリー で同様の話題を扱ったときには、これに関して自分の考えを明らかにはしなかったので、今回は私見を述べたい。
そもそも「良い/悪い」つまり善悪の問題ではないと思う。善悪とは、還元すれば個人の好悪に基づいた判断でしかない。
「これこれの理由によって人を殺すのは悪いことである」とは「これこれの理由によって私は殺人が嫌いだ」とほぼ同義だ。しかし個々人の感情などお構い無しに殺人という事象は存在するし、社会が容認する殺人だって存在するのである。
死刑とはその社会が認めた殺人だ。社会を維持する為にはそれが必要だという理由で行われる。
大きな社会であれば戦争や死刑。小さな社会ならば姥捨・間引、魔女裁判。もっと小さな単位ではカルネアデスの板やSFの方程式もの等が該当するだろう。これらの殺人はその社会が容認する理由に基づいて行われるというだけであり、それ以外の社会が容認しない理由によって行われる殺人と本質的な違いは無い。人が人をその寿命以前に意図的に殺すことに違いは無い。
論理は物事の善悪を証明しない。善悪とは論理に基づかない事象だからだ。従って論理によって善悪を理由付けようとする為には、何らかの前提が必要になる。そして、その前提は他の前提によって簡単に覆されてしまう。それは殺人という事象についても全く変わらない。
それは必要なことである。
しかし、自分はその行為を嫌悪するし悪であると思いたい。
こうして「必要悪」という言葉が生まれる。
必要とは、誰がどのような理由で必要としているのだろう。同様に、誰がどのような理由で悪であると規定しているのか。ここを出発点として、殺人だけでなく、生と死や世界の矛盾について考えるのも悪くは無い。(これは以前のエントリー で述べたことと同じである。)
閑話休題。
まとめると、「なぜ人を殺してはいけないか」という問題について、私の回答は以下のようになる。
・殺人は良い/悪いという決定を論理的には行えない
・殺人は悪であるとは私は殺人を好まないという意見表明に過ぎない
・社会が容認する/容認しない殺人が存在する
<長くなったので続く >
500系引退
最速新幹線、居住性悪い?…500系「東海道」から引退へ (YOMIURI ONLINE)
わりとショック・・・。
これから一年、何とか口実を作って乗ろう。
無理やり出張入れるとか関西方面でOFF企画させて参加するとか。
コンピュータとネット利用の普及
今後もインターネット利用者の数は増加傾向を保ちそうではある。
高齢者、ブログに興味津々 凸版印刷「リログ」調査 (iza)
一方で、コストダウンの名の下に端末数削減やネット利用の申請制導入など情報コスト削 減を強力に進める企業が増えつつあると言う話も聞こえてくる。
皮肉にも、旗振り役が団塊の世代だったりするわけだが。
印刷業界の大手企業もその流れに乗っていたりするわけだが。
ぱにぽに 9巻 初回限定版
昨日の「委員長」でも取り上げられていた「ぱにぽに9巻」の初回限定特装版を地元の書店で発見。最後の一冊らしく即購入。
- 氷川 へきる
- ぱにぽに 9巻 初回限定版
「ぱにぽに」は全く読んでいません。アニメも見ていません。おまけの「スクールメガネ」の為に買いました、すいません。
「Chase Cruiser GLASSTY」のネタに痺れました。
メガネっ娘居酒屋「委員長」
言ってしまえば、眼鏡の偉い人が集まってぐだぐだ話すだけのイベント。でも、その馬鹿っぽいところも含めて結構好きだったりするのだ。
写真はイベント中に急遽追加されたメニュー「眼鏡酒」。漬けてある眼鏡は、お持ち帰り可である。
殺すなとは言わない
わりと“炎上”しそうなネタではある。
「子犬殺し」疑惑も浮上 子猫殺し騒動の直木賞作家、仏刑法に抵触? (iza)
細かいことを言っても仕方ないので一言。
この作家氏は「社会に対する責任として子殺しを選択した」と言っておられるようだが、彼女の行動は社会や飼い猫に対する責任放棄以外の何物でも無いと思いますな。
(追加)
流石に説明不足かとも思うので補足。
責任をとると言うからには、撲殺だろうが絞殺だろうが方法は何でも良いがちゃんと心臓と呼吸が停止したことを確認し、その上で死体を適切に処分する必要があるだろう。少なくとも「家の隣の崖の下がちょうど空地になっているので、生まれ落ちるや、そこに放り投げる」という言葉から、きっちり責任を取るという覚悟は伺えません。
というか、投げ捨てただけで死亡確認さえしていないだろうと思うわけですが。
ガラスの短剣
なぜ炎上? 記者のブログ (iza)
炎上するのは「記者ブログ」だけじゃないし。そもそも、ブログ特有の問題でも無いし。
最低限「フラッシュ・クラウド」位は知っておいて欲しいものです。(もとはニーヴンの短編ネタ。インターネット用語としても認識されているとは、最近知ったのです。)
- ラリー・ニーヴン, 厚木 淳
- ガラスの短剣
