『遥かな轍』という歌をご存知でしょうか・・・?
随分と昔、年末に西郷隆盛と西南戦争を題材としたドラマ
の主題歌として歌われた堀内孝夫さんの代表歌の一つです。
この歌の歌詞に
『こうとしか生きようのない人生がある
せめて消えない轍を残そうか・・・』
というフレーズがあります。
この歌を聴くたびに、この歌詞を口ずさむたびに中小企業の
社長であった父親を思い出します。
事情で中学を卒業してすぐに働き出し、人の3倍働いて人の
半分しか休まないをモットーに働き続けた父親。
もっと、上手く立ち回り、そこそこの安定を望む事も出来たで
あろうに・・・。
『俺は、こうする以外のやり方を知らないから・・・』
そう、最後につぶやいた父親・・・。
あれは、阪神大震災のあった翌々日のことでした。
以前から何かがオカシイと感じていた父親の言動に対して
私が初めて正面から話を聞きたく、リビングで二人きりで
話をしました。
『今、何がどうなっているのかを正直に話してくれ』
そういう私に
『う~ん。今、不況の真っ只中で資金繰りが大変で・・・』
『会社の規模縮小をしながら、債務圧縮をしようと・・・』
と、いつもの経営の持論を話し出し、煙にまこうとする父親。
『そんな話じゃない。商社マンの俺から見て、今のオヤジの
言動と、外で耳にする会社の風評はアウトなんだよ!』
『本当のことを教えてくれ!』
恐らく、こう問い詰めるように聞く私は怒気を含んだ射るような目で
父親を見据えていたと思う。
だが、なかなか口を開こうとしない父親・・・。
『今どうなってる!何が事実だ!』
次第に声が大きくなり、心配した母親がリビングに入ってきた。
何故だか、安堵したような表情を見せる父親・・・。
『息子に本当のことを話さないと・・・。』
母親に促され、少しづつ語りだした父親・・・。
会社設立当初に大口取引先の倒産により多額の債権が焦げ付き、
脆弱だった資金繰りではあったが、バブル期には会社所有の土地を
背景に資金繰りにも余裕があり、業務拡大路線をひた走ってきた。
しかし、バブル崩壊と共に銀行の融資枠が厳しくなってきたこと・・・。
拡大路線を取り、大手量販店との取引における失敗による損失・・・。
複数社員のあらゆる虚偽行為による大手取引先との取引減小・・・。
数千万にのぼる回収不能債権・・・。
元役員の背信行為による金融機関からの締め付け・・・。
元役員からの役員退職金支払訴訟における敗訴・・・。
これらの事態による危機的財務状況のなかで、最悪の事態を回避
するために自分自身の金融資産、母親の預貯金、姉の預貯金、叔母
夫婦の預貯金、私の預貯金、自宅の土地建物の担保供出・・・。
会社の資産、家族の資金、資産、親族からの借金・・・。
ありとあらゆるところから金を引っ張る有様であった。
万策尽きる一歩手前というより、完全に詰まれた詰み将棋状態
になっていた・・・。
挙句の果ては、これらの事態を隠すための
『粉飾決算』
一つ一つをポツリポツリと吐き出すように、声を絞り出しながら話す父親。
最後の最後まで、私の預貯金に手を着けたことを言えず、母親が
『貴方のお金も使ってしまった。申し訳ない・・・』
と、頭を下げた時に大粒の涙をこぼして号泣した父親・・・。
今、振り返ると沢山のターニングポイントがあったと思う・・・。
『業容、業態の転換』
『規模縮小策』
『資金繰り改善策』
どれも、気付いて対処しようとした時は機を失していた・・・。
業界内では知らぬ者はいないほど「やり手」であった。
商売上手と言われていた父親・・・。
しかし、何時しかそれは「分不相応」の商売や、取引先と付き合う事に
なり、正しい判断と行動をするために、言動を諌めたり鼓舞したりでき
るアドバイザーがいない
『裸の王様』
になっていた。
その20数年の経営者人生の最終到達点・・・。
私に事実を伝えた日から、僅か2週間あまりで全てに幕引きをした父親・・・。
中小企業と共に生き、経営者の本当の姿(喜びと苦悩と願望)を我が身を
もって教えてくれた父親。
世の中には、数え切れない位ほど同じ境遇の経営者がいることを
知った時、私が何をするべきなのか自然に答えが導き出されました。
『酔えない酒を飲み、無理矢理眠りにつく中小企業経営者』
『眠っても、忘れる事の出来ない資金繰りをに悩む中小企業経営者』
今、このとき、この一瞬の判断をしっかりと考え、決断するために必要
なアドバイスや、診断をし、私と同じ思いをする
『残された家族』
をつくらない為に私は
『経営改善コンサルタント』
になる運命だと思う。