憲法って国家権力の暴走を戒める縄のようなものでしょ。 ジェームス三木さんの毎日新聞記事より
特集ワイド:解釈改憲 脚本家・ジェームス三木さん
毎日新聞 2014年05月21日 東京夕刊
<この国はどこへ行こうとしているのか>
◇戦争すればの想像力持て
ぎゅっと左の拳を握りしめながら、安倍晋三首相が集団的自衛権の行使容認へ踏み出すべく意欲をにじませる。15日夕、官邸での会見をテレビで見ながら脚本家で演出家のジェームス三木さん(78)は思った。「ああやって自らを鼓舞しているんだろうね」
想像してごらん、すべての人々が平和に暮らしていることを……、そう歌ったのはジョン・レノンだったが、安倍首相はこう語りかけた。「……まさに紛争国から逃れようとしているお父さんやお母さん、おじいさんやおばあさん、子どもたちかもしれない。彼らが乗っている米国の船をいま、私たちは守ることができない」。「理」より「情」の会見だった。「かすむ立憲主義」「戦後安保の転換点」。そんな見出しの躍る翌日の新聞を読みながら、三木さんは深くため息をつく。
「憲法って国家権力の暴走を戒める縄のようなものでしょ。あくまで平和主義は守り抜くと安倍さんは強調するけれど、解釈を変更しようだなんて権力側にある者が、その縄を解いてくれ、と言っているに等しい。うさんくさいですよ。そもそも集団的自衛権という言葉自体がうそっぽいんだなあ。われわれはアメリカにくっついていく。アメリカを助けるためなんだと、なぜはっきりさせないのか」
旧満州(現中国東北部)の奉天(現遼寧省瀋陽市)で生まれた。祖父の代に満州へ。祖父も父も教師だった。「戦争も末期になってくると、満州にまでB29が編隊で飛んでくる。防空壕(ごう)で息を潜めてね。本土は木造建築が多いから焼夷(しょうい)弾を落とすんだけど、満州は1トン爆弾。どかーんと、それはそれはものすごい地響き、生きた心地がしなかった。それでも神国日本は負けるわけがないと教え込まれ、僕も軍国少年だったから、特攻隊員になるのが夢で」。敗戦は国民学校4年、10歳のとき。「奉天駅で玉音放送を聞き、朝鮮半島を釜山まで逃げてね。仏壇を背負っている人もいた。博多に着き、大阪へ行く途中、広島の原爆の惨状も見ました」
解釈改憲で縄を解けば、米国の船を守ることもでき、乗っている同胞の命を救える、それが安倍首相の想像力だが、反撃、応戦、また反撃で戦争に巻き込まれるとは想像しない。「関ケ原の合戦の戦死者は双方で8000人。それが日露戦争では日本側で8万人、太平洋戦争では同じく310万人も死んだ。これからの戦争は核がある。一国が滅ぶ。核兵器で原発を攻撃されたらアウトですよ。サイバー攻撃もある。僕は人類は絶滅危惧種だって言っている。ヤンバルクイナと同じ。このままなら絶滅する。為政者なら戦争すればどうなるか、その想像力を持つべきなのに」
東京・南青山にある事務所ビルのテラスから都心が一望できる。高層ビルの向こうにスカイツリーものぞく。かつて焼け野原だったことがうそのよう。三木さんが遠くを見る。「憲法9条のおかげで一度も戦争をしていない。戦争でひとりの外国人も殺していない。これほどの国際貢献がありますか」。敗戦後、憲法が誕生するまでの息詰まる過程をNHKドラマ「憲法はまだか」(1996年)の脚本として書き、同名の小説にしたことがある。「現行憲法がマッカーサーの押しつけだったとする説は必ずしも間違っていないですよ。でも、憲法が押しつけなら、民主主義も押しつけですよ。押しつけだから変えるというのなら、民主主義も根本から検討しなきゃいけないんじゃないの。基本的人権だって押しつけ。僕は9条の戦争放棄条項に心を洗われる。お前、よくそこにいたな、がんばってるな、と」
そして、GHQ(連合国軍総司令部)の民政局で、憲法草案の起草にかかわった米国人女性ベアテ・シロタ・ゴードンさんの残した言葉が忘れられない、と語る。「日本国憲法はアメリカの憲法よりずっと優れています。自分の持ち物よりもっといいものをプレゼントするとき、それを押しつけというでしょうか」。そんなベアテさんの熱い思いをジャズの名曲に乗せて戯曲「真珠の首飾り」(98年)も書いた。「いいプレゼントをもらったんです。でも、そのアメリカは自由と民主主義を世界に広げると言いつつ、それを軍隊を使ってやっているんだなあ。軍隊に民主主義はない。隊長を選挙で選んだり、突撃を多数決で決めたりなんかしないでしょ。ただトップの命令で動くだけだから。それで民主主義を守るなんて矛盾してますよ」
憲法学者でも、政治家でもない。ジョン・レノンよろしく憲法9条の世界を求めている。理想主義がすぎる気もするが、どきっとする。「永世中立国になればいい。スイスのように」。久しく耳にしなかった平和国家のあり方を口にする。「憲法を解釈し直すなら、いっそ日本は永世中立国になる、と宣言すればどうですか。渋谷区と目黒区が組んで、新宿区をやっつけようなどと誰も思わないでしょ。互いのことをよく知っているからですよ。信頼しているからですよ。なんで国家と国家が武器を手に身構えるのか。もはや国籍や国境もあいまいな時代になった。大相撲の3横綱だってモンゴル人だしね。文化は戦争しない、国家だけがぶつかるんです」
戦後70年近く、日本は豊かになったにせよ、人間の本能や直感が退化している、と憂える。それが想像力の欠如につながる? 「テレビの天気予報をご覧なさい。傘の支度から、洗濯の取り込みまで教えてるじゃないですか。空を見ればわかるでしょ。ドラマもナレーションが入り、字幕が入り、回想シーンを多用する。視聴者の想像力に委ねようとしない」。安倍首相が会見で集団的自衛権行使の事例としてイラスト入りパネルで説明したのも似ている。「そうでしょ。だいたい、こんな重大なことを首相の私的諮問機関ですか、有識者会議で決めてもらって、ハイ、そうします、がおかしい。国会議員は有識者じゃないのかね」
<人はみな歴史の中継ランナーである。祖先から受け継いだ大事なバトンを、子孫に渡さなければならない。私たちはいま、どんなバトンを、次の世代に渡すつもりなのか>。「憲法はまだか」の冒頭に三木さんはそう記した。「平和のバトンですよ。そのバトンに安倍さん、ヘンなものをくっつけたんじゃないか。いや、バトンを落としたんじゃないか。でも、この先、まだ国会もある。めちゃくちゃなことにならない、歯止めはかかる、そう期待していますよ。国民はバカじゃないです。落としたバトン、国民が拾いますよ、きっと。戦争のできる国? 戦争なんかできっこないんです。したら終わりなんです。じっくりわれわれ国民は自分の頭で考えなくてはいけない、スマホに答えなんかありませんから」【鈴木琢磨】
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■人物略歴
◇じぇーむす・みき
1935年生まれ。大阪府立市岡高校から俳優座養成所、歌手を経て脚本家。テレビドラマに「澪つくし」「独眼竜政宗」など。「憲法はまだか」で放送文化基金賞。
予想通りTPPで妥協したら業界には補助金。選挙対策だもの。
2008~12年度の豚肉の関税収入は160億~190億円程度だが、TPP妥結後は最大で300億~400億円程度にまで増えるとの見方もある。政府はこの全額を補助金の財源に活用したい考えだ。
4月に実質合意した日米協議では、安い輸入豚肉の関税を大幅に引き下げることになった。1キロ当たり最大482円の関税(ヒレやロースなど部分肉の場合)を、15年程度かけて段階的に50円にする。畜産関係団体の試算によると、豚肉の輸入価格は40%下がり、国産豚肉の約半分が取って代わられ、大幅に輸入が増える見通しだ。
という御用新聞・読売の記事だが、関税収入が15年かけて10分の1になるというのに、関税収入が2倍になるという不思議な記事。
関税が下がれば、税収は下がるのに、上がるという。 確かに安いので買いたいという気持ちはあるだろう。しかし、国民は豚肉だけで生きているのではない。消費が2倍になるというのか??
関税が今の10分の1になって、関税収入が2倍になるというなら、消費が20倍になるということだ。(笑)
>>TPP妥結後は最大で300億~400億円程度にまで増えるとの見方もある<<
と記事には書いてあるが、こういう事も検証しないのだろうか。
自民党が票を増やすための補助金には血税が使われるということだ。
東電と政府事故調による3年間の隠蔽と開き直り。
当時の会議の内容は録画されていたが、東電は音声は無いと言っていた。
この隠蔽体質の会社は清算し、新しい会社を作らないと・・・・・。 石破氏流に言えば、敵前逃亡、軍法会議で死刑だろう。
幹部社員の名前も公表しないが、原発事故はそれだけ深刻な事故になるのに、それでも再稼働か?
http://megalodon.jp/2014-0520-0552-28/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140520-00000007-asahi-soci
ところが、その待機命令に反して所員の9割が第二原発へ撤退した。吉田氏は「次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2F(第二原発)に行ってしまいましたと言うんで、しょうがないな」と思ったとも聴取で語っている。
吉田氏が驚いたのは、第二原発に離れた中にGMと呼ばれる幹部社員がいたことだ。東電の社内規則は過酷事故発生時に原発の運転員を束ねる当直長に助言する支援組織を立ち上げ、部長級の所員やGMがメンバーに入るとしている。そのメンバーが離脱していれば規則違反だ。
吉田氏は連絡を入れ、こう命じた。
「まずGMから帰ってきてくれ」
■公式見解、切り張り
吉田調書に基づく当時の再現は、東電の公式見解が都合の悪い事実に触れていないことを示している。
朝日新聞が入手した東電の内部資料には「6:42 構内の線量の低いエリアで退避すること。その後本部で異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう(所長)」と記載がある。吉田調書と同じ内容だ。命令の少し前に「6:34 TSC(緊急時対策室)内線量変化なし」と報告があったとの記載もあった。
東電は自らの事故調査報告書で、同じ内部資料から「一旦(いったん)退避してパラメーターを確認する(吉田所長)」「最低限の人間を除き、退避すること(清水社長)」「必要な人間は班長が指名(吉田所長)」という部分だけを引用し、次のような公式見解を示した。
《吉田氏が一部退避を決断→清水社長が確認・了解→約650人が第二原発へ退避し、約70人が残留》
これは、適正な手続きで第二原発へ撤退したという印象を与えるものだ。
しかし、吉田氏が最終的に「すぐに現場に戻れる第一原発構内へ一時退避して待機する」よう命じたことを、東電は報告書に記さなかった。幹部社員を含む所員9割の「命令違反」の事実は葬られたのだ。
◇
■東電「第二も視野に入れた指示」
東電広報部は、第二原発に撤退した中にGMがいたことを認めた上で、「一時退避した所員の具体的な内訳は集約していない」として具体的な役職など詳細は明らかにしなかった。吉田氏の待機命令に違反したことについては「吉田所長の指示は、構内に線量の低いエリアがなければ第二原発も視野に入れて退避せよというもので、第二原発への一時退避は指示に違反していない」とし、吉田調書と異なる回答をした。
政府事故調の畑村洋太郎 ・元委員長は「外に出すべきものは報告書にみんな入れたつもりだ。報告書に載せたこと以外は口外しないのが約束だ」と取材に答えた。
小沢一郎氏の記者会見とアベちゃんの政治家としての資質の違い
先日のアベちゃんの「集団的自衛権に関わる記者会見」では、記者の質問にまっとうに答えなかった。
動画で見れば、すべてわかる。
韓国からの避難の為に、米軍の軍艦に民間人を乗せて、集団的自衛権が必要だとの説明に爆笑した。
米国軍艦には、避難でも日本の民間人など乗せない。こんな事が分からない人もいるから少しだけ書いておきます。
1)客船じゃない。2)軍事機密が守れなくなる。3)テロの可能性も高くなる。
なぜ、アベちゃんが米国の軍艦に日本人を乗せるという想定をしたかというと、自衛隊の船に民間人を乗せて、攻撃されたら個別的自衛権で反撃できるからね・・・。
http://megalodon.jp/2014-0519-1628-11/blogos.com/article/86469/?p=2
↑ うまくまとめているけど、御用側の報道だからね。
小沢氏は記者の質問にまっこうから答え、記者の知識の無さを指摘している。(笑)
キャンディの微笑みと平和行進
キャンディを心配してくれていたミル君(2月13日逝去)の飼い主さんに散歩がてら挨拶に行きました。
ゆっくりと歩いての2時間散歩。
いつもの満面の笑み! 右目も治ってきたようです。一時は完全に目が死んだような状態になっていました。
公園で休んでいると平和行進の方々が
秘密保護法や私的な有識者会議で憲法解釈の変更するなど、アベちゃん政府は憲法違反をしていますが、平和の大切より武器を売って儲けたいのですね。
こんな事も今日知りました。国連の敵国条項
国連の【敵国条項】に該当する国
ドイツ、日本、イタリア
この三国が戦争を始める準備をしていると隣国が勝手に判
断した場合
攻撃する事ができる
日本が自衛権を行使するには
国連の許可が必要
厚木東高校1989年卒業 同窓会
昨日は厚木のレンブラントホテルで行われた同窓会に参加した。43才になる教え子達の同窓会は10年ぶりでした。
クラスの同窓会は何回かあったが、いつも中心的な幹事役を果たしていた梅原君が2年間に亡くなった。
昨年の7月、帰ってきた私の為に、クラスの同窓会を開いてくれた時に学年同窓会の話が持ち上がった。
毎月、幹事メンバーが集まり、準備をしていたのです。
80人くらいの同窓生が集まったようです。担任は10人中、7人が集まりました。
思い出話に花が咲きましたが、その会場にはバラ園を経営していた梅原君のお母さんから素敵な花のプレゼントが私に届いていました。
先ほど、お礼の電話を実家にしたところ、お母さんがお出になって、今日は梅ちゃんの命日で、奥さんやお子さんと墓参りに行かれたそうです。
お礼の電話をした日が命日。昨日も梅ちゃんの心霊写真を撮るなんて、ふざけた事を言ってしまいましたが・・・。
梅ちゃん、奥さんもお子さんもしっかりしていて、良かったな。
アルバムの写真で寝転んでるのが梅ちゃんです。
Heave helps those who help themselves. 天は自ら助くる者を助く
筆記体で書かなくちゃね!
現在の子ども達の低学力をもたらしのは、小さい頃からゲームやパソコンだけでなく、筆記体で英語を書かなくても良いという教育をしたことですよ。
けっして「ゆとり教育」のせいではありません。























