「記憶とは情報を出したり入れたりする図書館ではなく水に溶けたミルクのようなものである。」
http://ameblo.jp/kuri-t-counseling/entry-12295404624.html
昨日の放送大学の認知神経科学の問題である。
「記憶とは情報を出したり入れたりする図書館ではなく水に溶けたミルクのようなものである。」ということを構成主義的モデルという言葉を入れながら説明せよ。
米国の認知心理学者・ロフタスの言葉である。
記憶とはどこまでが事実の記録で、どこまでが想像によるものなのか、境界が判然としないというのである。
3才の頃の記憶を10才で思い起こし、さらに20才で思い起こしてみると、3才の記憶は10才の時に思い起こした体験とその解釈が固く結びつき、実際に起きた事実とはかけ離れてしまうのだという。
実際、警察や検察庁での取り調べ、誘導尋問が行われると、このようなケースが起き
裁判では目撃者の証言が変遷し、冤罪が生じる可能性がある。
実際に起きた事実と思い起こした時の感情、動機などがからみつき、それは水にとけたミルクのように分離することができなくなり、無かったことがまるであったことのように証言をしてしまうのである。
嘘つきの集まり、ダメ男内閣。
Retweeted 小沢一郎(事務所) (@ozawa_jimusho):
「加計に決めました」と政府決定二か月前に大臣が明言していた議事録が明らかに。また稲田大臣が実は戦闘日報隠ぺいを承認していたとの証言。どの大臣も嘘ばかり。官房長官も文科大臣も嘘ばかりだったが、こうなると「内閣」というより単なる「嘘つき集団」である。道義大国どころか嘘つき大国である。












