今…思ってみれば
息子はいつも居場所があって
彼なりに楽しかったのかもしれんなぁ 笑
保健所の1歳半検診
↓
児童相談所
↓
母子通園
↓
療育園
↓
育成学級
↓
支援学校
↓
通所施設
…児童相談所へ行けー!と
言われてから
あれよあれよと…
いっぱいいっぱいていうか
私をはじめ、パパ、娘
敷かれたレールに くらいついてたんかも?
突然 障がい者って言われてしもて
今まで身内にいなければ
そら…
言われたとおりに動くしかないし
選択肢もなく
今、思い出してみれば
誰がどんな担当の人だったのかさえ
わからないままだったかも
まぁ わが家の世界が一変した頃やろねぇ
息子が2歳のとき
今から29年前だわ 笑
その頃は
娘の幼稚園のお友だちの家についていって
遊んでたり
公園に行ったり
そのときは…
場所の変化に大泣きすることも
あったし
ひたすら石を集めて穴に入れてたり
うん?なんで?と
思うことは多々あったけど
いつもにこにこ笑顔の
可愛らしい男の子で 笑
近所のおんなじくらいの子のお家で
お友だちと3人
笑顔で遊んでたこともあったよ
確かに…
他の子どもさんと
少し違うことを指摘されて
最初に言われたのは
「お母さんと離れて過ごす時間が必要です」
って。
今思えば なんて失礼な言い方!!笑
今の私なら
怒鳴るなぁ………笑笑
専門家の方だから
すぐわかっちゃうんだろうけど
あまりにも失礼よねぇ
生まれた瞬間から
ずーっと 自分たちの時間なんて
まったくないくらい愛情も体力も気力も
たっぷり注いで
いっしょに過ごしてきたお母さんに対して
…わたしが専門家さんの立場なら
とてもじゃないけど恐れ多くて言えないわ
そのひとことで否定されたようなもの
そこからやろなぁ
何に対しても「不安」でしかなく
自分ってあかんねんやん…
のレッテルを自分で貼ったんやろね
彼を育てていく道に
迷うことなく…って
いうより
迷うこともできなかったような気さえする
いつもいつも
どうしたらええんやろ
こんなときは どう対応したらええんやろ
自閉症(今はASDっていうねんね)子への
の対応
確かに
確かに
確かに
定型の子どもさんよりも
工夫はたくさんいるし
「ことば」に頼れない
これって
たぶん わたしがいちばん感じてて
痛切に実感してたことやのに
周囲が念押し?ってか
わたしがわかってないを前提の
言い方で
「ことばだけに頼ってはダメよ!」
ばっかりな日々
ほんっとに
今 思い出してみれば
なんであのとき言いかえさんかったんかなぁ
としか…
言い返す気力もなければ
言い返すことばも持ち合わせてなかったわ
若い母親への躾かい?
園長さん?
って
今なら 嫌味たっぷり笑い飛ばしそう 笑
周囲の親たちとも上手くやらんとあかんし
個性ある保護者の方々ねぇ…
あの頃のわたし
可哀想やなぁ…
もしタイムスリップできて
あの頃に今のわたしが行けたなら
「息子のことは任して預けていいよー!
仕事でも映画でも…スポーツ観戦でも
ライブでも行っといでー!」
って言ってあげたい
「あんたはあんたらしく昔みたいに
誰かに甘えたり頼ったりしたらいい
いちばんの武器は 笑顔やん!
気を使わんでも あんたのままで
ええねんで
あんたらしく 子どもたちと
過ごしていったらええねんよ
なんにも間違ってないよ」
って言ってあげたい。
まったくもって
虚勢ばっかりはりまくって
間違ってる自分を見せないようにって…
もっともっと
のんびりとゆったりと
なんでも笑い飛ばして
過ごせたらよかったのにね
たって
息子はいつもそばにいたのに
何を焦ることがあったのやら…
どこかに行ってしまうワケでもないのに
夏休みに家族で海に行くのは
ほんとに幸せだったし
息子は楽しそうに見えたよ
専門家とか
園長さんとか
校長とか
先生とか
お医者さんとか
意見を聞いて
アドバイスを受けることは
とても大切
でも
家族の気持ちと家族の意見が
いちばん自分に近いもの
当時のパパはいつも言ってた
「おまえら 偉そうなこと言うんやったら
けんた(←息子の名前)といっしょに生活してから言えや!」って
今ならそのことば
めちゃくちゃ共感してしまう 笑
学校とか
勉強とか
友だちとか
今の社会での優先順位は高いけど
息子のいちばんの居場所が
心地よいものでありたい
誰もが思うのは
『家』
が
ホッとできる空間
安心できる空間
ここがあるなら
少しくらい頑張ってもええかな…と
思える場所なら
親も子も
お互いを見失うことは
ないんじゃないかなぁ…
って
今、この年になって
思う。
これから
もう少しの間
息子と家族とのんびり?
普通に生活していくために
遅すぎる気づきかもやけど 笑