◎   獄中のウオッチマン・ニー  (2)

 

私達の監房に3人いました。1人目は精神疾患で話すことができない20代の青年、2人目はウオッチマン・ニー、そして私です。

ニーは毎日、何かを書いていました。もし彼が私のことを密告しているのでないなら、誰について報告しているのでしょう? 私が彼に話しかけたいと思うはずがありません。朝から晩まで四六時中、私は彼とひと言も口をききませんでした。

彼は、鉄の扉のそばに座って黙って書き物をしています。なぜ扉の側に座っているのでしょう?

私たちの監房は長方形で幅は1メートル50センチしかありません。両手を伸ばせば両壁に届きます。長さは2メートルほどで、とても狭いのです。窓は無く、正面に出入口の鉄の扉があります。扉の近くだけが少し明るかったのです。

ニーは何かを書いている間中、鉄の扉の側に座っていました。食事と飲み水は、戸口付近に置かれました。扉を開ける必要はありません。扉の鉄でできた柵の間から手を突き出して食事を取り、中に入れるだけです。ニーは扉のそばに座っていたので、食事はすべて、彼が私たちに手渡していました。

私はニーと口を利きたくなかったので、一度も彼にお礼を言いませんでした。でも彼の方で、ひと言ことばを言ってもらいたいようすでした。とにかく私たちの関係はたいへん気まずいものでした。その後、主の采配(さいはい)により、ある「事件」が起こりました。

 

私には妻がいました。彼女は上海の水産大学を卒業し、高校で化学を教えていました。私たちには幼い娘が一人いました。囚人の家族は、月に一度だけ、監獄に面会に訪れて、物資を届けることが許されていました。

妻は私をとても愛していましたので、毎月必ず面会にやって来ました。私の方では、無事彼女が学校で教えているとばかり思っていたのですが、実際には彼女に事件が起こっていたのです。その事件というのは、…

 

ある日、学校の校長が彼女に問いただしました。

「周先生(ウ兄弟の奥さん)、聞くところによれば、あなたのご主人は反革命分子で、今刑務所にいるそうじゃありませんか?」

彼女は「そうです」と答えました。

校長は言いました。「あなたはご主人と離婚しなければなりません。」

妻は問い返しました。「なぜですか?」

校長は言います。

「政府の規定によれば、反革命分子の家族は、人民の教師にはなれないのです。あなたの夫は反革命分子です。反動的な思想の持ち主です。あなたはそんな人と接触を保ちながら、どうやって生徒を教えることができますか?ですから、あなたは彼と離婚しなければなりません。」

妻は次のように反論しました。

「私が夫と結婚した時、彼は反革命分子ではありませんでした。彼はボクシングの選手でした。上海を代表して国際大会にも出ていました。彼が反革命分子とされたのは、結婚後のことです。もし私が今、彼と別れて他の男性と再婚したとしても、その夫もまた将来、反革命分子とならない保証はどこにもありません。そうなった場合、私はその夫とも離婚して、また再婚すべきなのでしょうか?

さらに、私たちにはすでに娘が一人おりますが、私はまだ若い身です。再婚すれば、さらに子供が増えるでしょう。それは今の子供の成長にとって良くありません。

さらに、夫ウ・ヨウチの判決は懲役7年です。私は彼の出所を待って、それから、国のために社会主義建設を続行することができるのではないでしょうか。ですから、私たちは夫婦でいられるはずです。」

 

妻の言い分は完全に道理にかなっていました。その時、校長と教務主任は彼女を説得できませんでした。しかし、彼らはあきらめません。

数日後、校長は再度彼女に尋ねました。「あの問題について考慮されましたか?」

妻は答えました。「考える暇がありませんでした。」

校長は言いました。「それならば、私たちも、もうこれ以上あなたに時間をあげられません。これは国の政策なのです。あなたの身分証明書を返却しなさい。あなたが離婚しないなら、学校を辞めるしかありません。」

 

当時の中国大陸の状況は、現在の状況とは全く異なっていました。いったん学校を辞めれば、他に就職できません。彼女には他にできる仕事が無いのです。他の自由主義国のように退職金や年金などはありません。妻は学校を去り、泣きながら家に帰りました。彼女の頭の中はまっ白でした。

「今日から私はどうすればよいのでしょう?どうやって生計を立てればよいのでしょう?娘をどうすればよいのでしょう?」

彼女は家に帰ると、幼い娘を抱きしめて泣き崩れました。当時、彼女を慰めてくれる人は誰ひとりいませんでした。

               ーーつづく

 

          2022. 7. 10

       (次回‥2022. 7. 20 [獄中のウオッチマン・ニー③]

 

 

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