ほぼ毎日のようにS氏とK氏が部屋を訪ねて来る。
時には一人、時には二人揃って、と色々な日があった。
カウンセリングの過程である、【原理講論の検証】において次々と間違いを指摘されるが
初めのうちは
「原理講論にだって多少の間違いはある」
と自分に言い聞かせようとした。
ところが最初に聴かされていた
「ファミリー」に掲載されていた文章が、その思いの前に立ちはだかり、私は翻弄するばかりだった。
信者向け冊子「ファミリー」に書かれていたのは〔文鮮明が原理講論をどれだけ苦労し、また言葉を吟味しながら科学的にも霊的にも模索を続け、書き綴られた完璧なもの〕云々
と言う証しの文章だった。
その証し文に反して、中学生でも分かりそうな間違いが次々と出てくる。
例えば、
第一章 創造原理
第一節 神の二性性相と被造世界
(一)神の二性性相
P43.7行目
すべての動物は各々雄と雌とによって繁殖、生存するのである。
→カタツムリ、アメフラシ、ミミズ等に見られる雌雄同体(雄の生殖器官と雌の生殖器官を一個体に持つ)の生物については該当しない。
また、繁殖については無性生殖という生殖方法で、一つの個体が単独で新しい個体を形成する方法がある。
アメーバ、ゾウリムシ、ミカヅキモなどの単細胞生物は分裂により繁殖する。
ヒドラ、サンゴ、コウボ菌などは出芽と言って、親のからだのある部分から子のからだが生じる繁殖方法である。
これらの例から上記の記述は間違っている。
P43.8行目
神は男性のアダムを創造されてのち、「人がひとりでいるのは良くない」(創二・18)と言われ、その対象として女性のエバを創造なさったあと、初めて「はなはだ良(善)かった」(創一・31)と言われたのである。
→「はなはだ良(善)かった」と言われたのは「人がひとりでいるのは良くない」と言われる前。エバを創造したことに対する言葉ではない。本文内、聖書の引用が時系列的にも狂っているのは一目瞭然。
P44.7行目
人間は体という外形と心という内性とからできている。そして、見える体は見えないその心に似ているのである。
→「見かけによらず優しい」、「見かけによらずこわい」のように心と体にギャップがある人間は沢山いるため、この記述は間違っている。
これらは一例に過ぎない。
指摘が始まるとほぼ全ての文章が間違っており、一頁分の説明を聴くだけでかなりの時間を費やす。
「重箱の隅をつつく」ようなやり方に、腹の立つ思いであったが、もはや聞いたふりでは済まされず、間違いは間違いと理解出来る心は取り戻していた。
しかし、それ以上考える勇気は、その時にはまだなかった。
ある日、一連の説明を終え、両氏が帰ったあと、父親が何気ない会話から
「やっぱり統一原理は間違ってるじゃないか…」
と吐き捨てるように言った。
気が付くと、私の右手はかたわらに置かれていたお茶のポットを掴み、父親目掛けて思い切り投げつけていた。
「お父様のこと、何にも知らないくせに!」
幸い父親に命中することはなかったが、父親は豹変した私の態度に震え上がり、一時その場を離れていた母親が戻って来ると、すがり付いて泣く、と言う醜態を晒した。
「しまった!」
と思った。決して感情的になってはならない、と心に決めていたのに…
間違いを間違いと言われるのは当然のことだが
父親に言われた言葉は
「ほら見たことか」
とでも言わんばかり、これまでの私の信仰を全て否定されたようで、とにかく悔しかった!
私は
「たとえ教えが間違っていても良い。
お父様がメシアであることに間違いはない。」
と改めて自分に言い聞かせた。
別の日、堕落論の検証をすることになった。
統一原理で説かれている「堕落」とは
要約すると…
《人類始祖のアダムとエバはエデンの園の中央にある善悪知る木の実を神様から「絶対に食べてはならない」と戒められていた。
ある日へびに唆されたエバは「善悪知る木の実」を食べてしまう。その後、アダムにもその木の実を与え、二人とも神様の戒めを破り堕落してしまった。
と言う聖書の記述は実は、善悪知る木の実を食べると言う行為は姦淫を犯すこと、であり、エバはへびに誘惑され姦淫し、その後アダムを誘惑して姦淫犯し人間はサタンの血統を受け継ぐこととなった。へびは実は霊的存在である天使である。その天使はこの時エバを誘惑し姦淫犯したことで堕落しサタンとなった。》
と言う曲解だらけの教えである。
サタンの血統を受け継ぐと言うことは、人間がサタンとの間に子を宿した場合のみ起こりうることであるが、実のところ、原理講論の中には懐妊の事実は書かれていない。
人間が性交渉だけで血統を受け継ぐことはあり得ない。
そのような説明を両氏から受け、私は反論した。
「私は原理講義で
性交渉だけで血統を受け継ぐことを感応遺伝と言うのだと教えられました!」
もちろん大真面目だった。実際に教団から教えられ、信じ切っていたのだから。
次にS氏が訪問してきた際
「残念ながら、どんな文献を調べても、感応遺伝と言う遺伝がある事実は見つけることが出来なかった。」
と言う報告を受けた。
小さな間違いをいくら並べ立てられても、腹立たしくとも、ショックを受けることはなかった。しかし、私が入会する際、最もセンセーショナルだと思っていた、この「堕落論」を否定されたことは、大きな衝撃だった。
夜、私はベッドに潜り込み、ずっと考えていた。
「なぜ?どうしてこんなにも統一原理は間違いばかり書かれているのか?」
私には全く理解出来なかった。
「統一原理は本当に間違っているのか?
家族が家業を放り出し、多額の費用を使って私と共にこの部屋に来た。ここまでやるのは統一原理が間違っているからなのか?」
一つの仮定を立てた。
「もし、統一原理が本当に間違っているのなら……
私がこれまで教団内でやって来たことは、
全て間違いだったのか?」
その瞬間、必死に守って来たものが音を立てて崩れ落ちる気がした。
怖くなり、私は家族に全てを打ち明けた。
選挙での不正。サークルを偽った伝道活動。様々な万物復帰。霊感商法。等々。
家族は私の話を聴いて、皆驚いている。
「私がやって来たことは、悪いことなの?」
母親が言い聞かせるように応える。
「悪いことだって分からないの?」
完全に認めてしまうのが怖かった。
統一原理の間違いは分かっても、自分のやって来たことを否定するのは怖かった。
「分からない!
私、頭がバカになっちゃった!!」
私はそう言って、母親に泣いてすがった。
「本当に悪いことなのか。明日からまた、一緒に勉強して行きましょう。」
一緒に、と言う母親の言葉は心強かった。
統一原理の間違いを認めた時の気持ちは、教団と言う名の高層ビルの屋上から飛び降りるか否か迷っているのを、家族たちが大きくて分厚いクッションを地上に広げ待ってくれていたような感覚だ。
「これからは、厳しいノルマに追われる生活から解放される」
と言う喜びが、脱会へ向かおうとする気持ちに拍車をかけた。
私の信仰は完全に崩れ落ちた。