先輩メンバーに数日同行し、ある程度のスキルを身につけると一人で任地を歩くようになった。
私は実績を出せない上に初歩的なミスを繰り返した。
早朝の1R目はまだ薄暗い道を懐中電灯を使って歩いた。隊の物品であるのにもかかわらず、私は訪問先にうっかり懐中電灯を置き忘れてしまった。
キャプテンから責められたのは、私ではなく先輩メンバーたちだった。
「お前らの決意が甘いから、新人がサタンに狙われるんだ。もっと決意しろ!!」
キャプテンに言わせると、物品が無くなるのもサタンの仕業らしい。
自分のミスで先輩メンバーが責められる。
こんな酷なことは無かった。
それがキャプテンの狙いだったのかもしれない。
私は元来、極度の方向音痴と左右音痴だった。
キャプテンに任地で下ろされ
「この道路沿いの家を訪問するように」
と言われ歩んでいるうちに、どちらの方向から来たのか分からなくなる。
マイクロが回収に来る際、誰にも見られず素早く車に乗り込まなければならないのに、進行方向が分からないため、道路の右側か左側かどちらで待つのかも分からない。
当てずっぽうで立っていると反対側にマイクロが止まり、回り込んで乗り込む私にまたしても
「バカヤロー!また進行方向間違えてるじゃないか!」とキャプテンの罵声が飛ぶ。
訪問先でたまたま6個セットが売れた時には、どの商品が売れたのか、在庫確認のためノートに記録しなければならないのに、舞い上がってしまい記録を忘れ、叱られる。記録が無ければどの商品を補充すべきか分からなくなるのだ。
何もかも上手く行かず、キャプテンに叱られてばかり。モチベーションは駄々下がり、お父様を支える決意など、どこかに飛んでしまっていた。
それでも、マイクロ隊に来た以上
「出来ません」
とは言えなかった。
毎日ほぼ10キロの目標を確実にクリアしていく先輩メンバーたち。
班で唯一の男性メンバーは15キロをも軽くやってのけた。
ある日、キャプテンから私を含む新メンバー、二人に対し
「お前ら二人、まだ目標を達成出来た日がない。ホントにやる気があるのか?」
と問われる。
もう一人のメンバーは、すかさず
「あります!」と答える。
私は、本心を悟られないように続いて
「あります!」と答えた。
その日は絶対に目標を達成することをキャプテンと約束させられた。
それでも私には
「自分がやるのではない。何も考えず、お父様を信じきって目標達成のことだけ考えろ」と言う
「完全自己否定」の意味が分からなかった。
1Rから次のラウンドまで約1時間。食事の時間を除くと1日9R歩める。
その日、9R終わった時点で新人二人の実績は目標の10キロに到達していなかった。
キャプテンから
「どうするんだ?」
と迫られて、もう一人のメンバーが
「B街に行かせて下さい!」
と懇願した。
「B街」とは、「バー街」の略称でバーやスナック等の飲み屋が密集している街のことである。
夜遅い時間に民家に訪問することはタブーである。
マイクロ隊の勝手なセオリーで、遅くまで営業しているB街なら、訪問しても良いとされていたのだが、何の許可もなしに飛び込みで押し掛けてくる行商人たちは、店側にすれば営業妨害で迷惑千万である。
時には、ガラの悪い店主に恫喝されることもある。
女性メンバーは酔っ払いに絡まれて身体を触られることもあった。
あらゆるリスクを抱えながらも、メンバーはとにかく
「お父様を支えたい」
との一途な思いで何でもやった。
B街で闘った結果、もう一人の新人メンバーは目標を達成した。
私は出来なかった。
当然である。
もう、お父様を支える気持ちなど分からなくなっているのだから。
夜、最寄りの公園か駅で、洗面や濡れタオルで身体の清拭を行う。
時々銭湯に連れて行ってもらうこともあったが、どのくらいの頻度であったかは覚えていない。
お風呂に入っている間に、脱衣場にある据え付けのコインランドリーで洗濯をする。
銭湯の滞在時間内に乾燥まで終わるよう「お急ぎコース」で回す。
良く温まって洗髪後の髪はしっかり乾かして出るようキャプテンに言われていたが、これは風邪を引かないよう、と言う配慮だけでなく、
「堕落エバは男性に濡れた髪を見せることは罪である」と言う意味合いもあるらしい。
先輩の女性メンバーに教えられた。
マイクロの車内は改造されており、前の二列のシートは取り払われていた。後ろのシートだけが残され両サイドにシートの座面だけが取り付けられていた。
夜になると、これを寝床に作り直す。
商品を入れるコンテナを床に隙間なく並べる。その上に板を敷き詰める。
キャプテンは運転席で、女性メンバーは運転席のすぐ後ろの敷き詰めた板の上で5人、二つのコンテナケースを仕切りにして同じ板の一番後ろの方に男性メンバー1人が寝る。寝返りも出来ないほど窮屈な場所で、足は膝を立てたままでないと伸ばすゆとりは無い。
真夏でも窓は閉めきったまま、うだるような暑さの中で眠る。
そしてメンバーの足は、日中靴を履きっぱなしにしている為、必然的に水虫を引き起こす。
眠る時だけ靴を脱ぐのだが、靴下を取り替えたところで、足の匂いは無くならない。
ジュクジユクになった足の指先、指の間に、教団内で「マナ」と呼ばれる「一和の高麗人参茶」のエキスを塗りつける。
これが水虫への手当てだった。
男性メンバーは水虫のレベルを越え、皮が剥けるどころか、肉まで剥き出しになるほど、症状が悪化していた。
見かねたキャプテンが皮膚科受診を勧めたが、男性メンバーは隊を僅かな時間でも離れることを拒み、目標達成への執着を捨てなかった。
暑さも臭さも窮屈な体制も構っていられないほど疲労困憊のメンバーは、どんな劣悪な環境であったとしても、板の上に横たわれば、数秒で爆睡してしまうのであった。
当然、土日、祝日などの休日はない。
1ヶ月働き詰めだ。
まだマイクロ隊に行くまえのこと。
私のいた教区から、マイクロ隊に入隊した先輩の女性メンバーが、優秀な実績を上げ、ブロックで副隊長に就任したとの話があった。
同じ教区の人間として誇らしかったが、やがて彼女は腰を痛め、前線で歩むことが出来ず、教区に帰ってきた。
暫くホームで療養していたが、治療を受ける為の費用を教団が負担するわけでもなく、身体がボロボロになるまで散々働かせ、挙げ句、動けなくなった彼女を実質、教団は捨てた形だった。
彼女は実家に帰り、腰の治療をする間に、家族から脱会カウンセリングを受ける機会を得られ、正式に脱会した。
幸い私は身体を痛めることは無かったが、この時に出来た足の水虫には、脱会後も当分、悩まされたものだった。