教団のやっていることに何か疑問を感じたり、抵抗を感じて気持ちが離れそうになることを、信者間では
「つまずく」と言っていた。
前記事(新生トレーニング)に書いたように、信仰生活は戒律や決まり事が多く、それだけでもつまずくメンバーは多くいる。
加えて、祈祷、伝道など、次々と宗教活動を強いられるようになると、つまずきはもっと増えて行く。
つまずいた時には、その疑問や抵抗感をアベルに報連相(報告・連絡・相談)することで解決に繋げることを義務付けられていた。
アベルは常に報連相を受けられる信頼関係を築くため、様々な手段でメンバーに尽くす。
職場で仕事をしているとき、アベル(男性)がいきなり訪ねてきたことがあった。上司から「親戚の方が会いに来られてる」と言われ、廊下に出るとアベルが待っており
「お昼、外で一緒にご飯食べましょう」と言うのだ。職場の人たちに変に思われないか不安もあったが、アベルが時間を割いて個人的にメンバーに会いに来てくれたことは素直に嬉しかった。
アベルではなく教団以外の人間に、教団について相談をすれば、即刻「やめた方が良い」と言われる。そのまま、教団を離れてしまうことを
「おちる」
と言うのだが、実質はおちるメンバーの方が残っていくメンバーよりはるかに多かった。
新生トレーニングで伝道学の講義のあと、早速ターゲットをリストアップする作業を始める。
伝道と言っても宗教を語らず、自己啓発のサークル(ビデオセンター)への勧誘を偽っての詐欺行為なのだが…。新生トレーニングまで上がって来たメンバーは、もはやそこにはつまずかない。
現在の知人、友人、職場の同僚、学生時代の同級生等々。
伝道初心者に、あまりハードなことを要求するとつまずいてしまう。割と信頼関係が深くたやすく誘えそうなところで、20人程度のリストアップをさせられた。この人数は後に進んでいく実践トレーニングの40人や100人リストアップのことを思えばぬるい方だ。
初めてビデオセンターにゲストを連れて行き、入会を勧める話をすることを「新規トーク」と言う。
自分が誘われた時、誘った側やコンサルタントの言動に何の不自然さも感じていなかったが、実はゲストは入り口に背を向けて座り、付近のスタッフの動き等が見えないよう考えられているなど、座る場所から決められていたことには全く気付いていなかった。そしてトークの内容もマニュアル化されているのだった。
トークを行うのは殆どコンサルタントのみで、霊の親は最後の最後、コンサルタントから振られた時に、「私も入って良かった。あなたも入ったら良いですね」と一言、証しをするだけと決められていた。そこには信仰的な意味付けがなされていたが、実際セールスなどの現場でも、誘った人間が売る側と同じテンションで「買え買え」とまくし立てれば、誘われた方はドン引きする。あくまで中立の立場で、ゲストの本音を引き出すようなテンションでいれば、ゲストは安心してセールストークを聴くこともできる。よく考えれば当然のことである。
私は新生トレーニングでは何とか入会をさせたい、との思いが強すぎて、黙っていることが出来ず、コンサルタントと一緒になって「入れ入れ」とまくし立てたので、連れて来るゲストにはことごとく入会を拒否された。
ゲストを連れて来てトークを行う部屋は喫茶店のように小さなテーブルがいくつも置かれてある。
その奥にビデオルームがあり10台程度のビデオがそれぞれ壁で仕切られ隣の音は聴こえないようにヘッドフォンを付けて視聴するようになっていた。
別室にタワー長と言う立場の人間が控えており、全ての新規トークに指示を出す役割を担っている。
新規トークでサークルへの入会にゲストが難色を示したり、コースの選択で迷っているときなど、コンサルタントが呼び出される。別のスタッフが来て
「○○さん(コンサルタントの名前)、お電話がかかっております。」と言ってタワー長のところへ行くよう指示するのだが呼び出すための口実に過ぎず実際は電話などかかっていない。
タワー長がコンサルタントから現状の報告を受け、指示を出す。
私が霊の親として、ゲストをビデオセンターに連れて行った際、新規トークの途中、
「お電話がかかっております。」と、呼び出されタワー長のところへ行ったときのこと。
タワー長「先ほど、コンサルタントの○○さんに訊いたところ、霊の親の決意が甘い、とのことでした。
あなたは、ゲストが入会しただけで満足しているんじゃないんですか?コース決定してツーデイ決めなきゃ後に繋がらないでしょ?霊の親の決意がゲストに反映するんだから!ゲストの命に責任持てるの?どうなの?」
私「分かりました。確かに私は入会が決まっただけで満足しているところがありました。Bコース以上のコース決定目指して決意します。」
ビデオセンターに入会が決まったことで安心してしまい次のセミナーに繋がるBコース以上のコース決定を軽視していた心をコンサルタントに見透かされて、タワー長から語気を荒げて分別され、決意し直しトークルームに戻った。
程なく私のゲストはBコースへのコース決定をした。これは、失敗を繰り返した挙げ句、やっと伝道のスキルを身に付けることが出来た実践トレーニングに上がってからの話である。
そう、新生トレーニングはワープロ検定だとか会社の研修だとか言って親に嘘をついて通っていたが、通う頻度が多くなると親も怪しむ。
そうならないよう、仕事から真っ直ぐ家に帰る日もあった。
アベルから見れば、毎日来て伝道させ教団の戦力にしたいのに、もどかしいところである。
実践トレーニングに上がったのを機に、アベルから
「家を出ましょう」
と提案された。仕事を変えてアパートに住むため、という口実だ。勿論それは善なる嘘だ。
私が一番つまずくポイントはいつも信仰と親との間での葛藤だった。アパートは既に実践トレーニングで活躍している女性メンバーのところに同居させて貰う形だったため、家財道具などは必要なかった。親には女友達と同居すると言えば、ある程度は安心するだろう、と言う教団の配慮もあった。
家を出ることを親に話す練習を、アベルを親に見立てロールプレイする。
嘘をつくことの良心の呵責に加え、父親に対する恐怖心があった。父親は幼い頃から恐い存在で、盾を突いたことなどなかった。そんな父からアパートへ出ることを反対されたとき、押し切ることが出来るか不安だった。
アベルとロールプレイした台詞を何度も頭の中で反復し、怯んで口ごもってしまわないようブツブツと呟いて練習した。
実際に両親に話をしたところ、父親には猛反対を受けた。
結局、許してもらうことは出来ないまま、鞄一つ提げて強引に家出した形だった。
同居のメンバーとほんの2.3日暮らしたが、ある日、実践トレーニングのアベルからショッキングなことを聴かされる。
「○○さんは、アダムエバ(男女問題)でおちた。非原理の男性とヨリを戻したらしい。彼女はもうメンバーじゃないから、あなたはホームに入りなさい。」
献身(教団に身をささげること、教団への就職)もしていないのに、いきなりホーム(献身者が住む教団の寮)で献身者たちと共同生活することになった。
目まぐるしい展開にまるでドラマでも見ているかのような錯覚に陥ったが、つまずきはしなかった。
私はアベルや霊の親、その他の教団のメンバーを信頼していた。
つまずいた時、アベルに報連相を行うのは、好きになってしまった結婚詐欺に「あなた結婚詐欺なの?」とたずね「違います。そんなわけないでしょう。」と言いくるめられてしまうのと同じようなことだ。
そしてつまずいたことを報連相するうち、アベルは「不信を抱くこと自体、罪」と言ってくるようになる。それを繰り返し、つまずいて「おかしいな」と思うことも面倒になっていく。報連相したところでアベルからは「不信は罪」としか言われない。やがて何も考えなくなる。
「思考停止」
マインドコントロールの究極の完成形だ。
私がそこに至るのは、ホームに入ったもっと後のことである。