新生トレーニングと言う部署に入った。略して新トレと呼ばれていた。
もうビデオセンターのゲストではない。

教団内で「分別」と言う言葉がよく使われていたが、これは「サタン分別」のことである。
新トレに入ると徹底的な分別が始まった。
まず住む世界に名称がつけられ分別される。
教団内を「原理(圏)」。それ以外のまだ原理を知らない人たちのサタン側を「非原理(圏)」。
そして信者のプライベートを、全て管理していくことでサタン的要素を排除させていく。

・自由恋愛禁止、男女交際禁止という戒律に付随する分別事項は数多くある。

まずは服装を指定される。
堕落エバであるところの女性信者は、男性信者及び非原理の男性全てに対し、誘惑するような服装をしてはならない。
トップスは首周りが出ないもの。夏は襟のついたシャツ。屈んだ時に胸の谷間が見えるような服は御法度。
とは言え、多額の献金を終え、必要経費を除く所持金など殆ど無い信者に新たに服を買い換える余裕などない。苦肉の策で、非原理時代の服をアレンジして、極力、露出を減らすのだが、胸の開いたTシャツの胸元に真夏でもスカーフを巻くファッションは異様なもの。
また、先輩信者から、無難かつ時代遅れの服のプレゼントもあり、自ずと「ダサく」なっていく。
ボトムスはスカートしか許されない。
パンツスタイルは身体のラインが強調されるため、禁止。

異性の身体に触れることも禁止。
異性との握手禁止。
異性のドライバーの助手席への乗車禁止。
会社の人間と仕事で出掛ける時も新トレに入った途端、後部座席にタクシーの客のような乗り方をするので怪訝な目で見られがち。
当然、教団の上司(アベル)との乗車の際も同じ乗り方。それに加え男女二人切りの密室状態を避けるため、運転手であるアベルがご丁寧に窓を数センチ開けてくれる。真冬は相当、寒かった。

恋愛の歌が多いことから基本、非原理の歌、禁止。カラオケ禁止。
例外的に信者間のレクリエーションでカラオケに行った際には、「あなた」と言う表現を「アボジ」に言い換えて歌うよう指示された。
アボジとは日本語で「お父様」のこと。教祖である文鮮明への呼称。これによって「あなたを愛してる」とか「あなたが好き」などの表現は、全てアボジへの愛情表現にすり替えられる。

・スケジュール管理。
仕事が終わる時間を報告し、何曜日の何時から週何回、新トレに来れるか把握し管理された。

・金銭の管理。
給料が月平均どのくらいあるか、その使い道をリストアップさせられ、信者として不要と思われる買い物はカットするよう指示された。
私がカットされたのは、通販会社から定期購入していたジャズのCD。
教団の言い分はジャズと言う音楽ジャンルは即興で自分勝手に演奏される場合が多く、極めて非原理的、とのこと。即、購入をストップさせられた。
ムダな買い物を止めさせ、その分、献金に回すよう指示される。

・過去の男女関係の清算、等々。
新トレに入るまでに既に非原理での交際は断ちきっているが、思い出の品なども処分させられる。
加えて、恋愛小説や漫画など男女の物語が綴られている書物も処分対象。
私は大好きだったミュージシャンのCDや好きな小説家の文庫本等、持っていた処分対象品を、地域の夏祭りで教団が出店したフリマに全て商品として差し出した。

私は小説が好きだった。
職場への通勤電車の中では、いつも好きな作家の小説を読んでいた。
しかし、教団から言わせれば、非原理世界での男女の恋愛は全てサタンの支配下にある偽りの愛による身勝手なもの。
小説に描かれている世界も全てサタン世界の忌むべきもの。

そう教えられてから、非原理の小説にすっかり興ざめし、物語の展開をワクワクしながら楽しむことが出来なくなったことに名残惜しさを憶えた。

そんな気持ちをアベルに上手く伝えることが出来ず、
「非原理に未練がありますか?」「非原理の何に未練がありますか?」と言う問いに対し、
「恋愛に未練がある」と答えてしまった。
本当のところは
「恋愛小説を楽しむことが出来なくなったことに未練がある」と言いたかったのに…。
上手く伝えられなかったことで、堕落エバの罪、罪感を再度叩き込まれるべく、堕落論の講義を何度も反復して見せられることとなり、これには相当、辟易させられた。

新生トレーニングの段階でも、これほどの決まり事や禁止事項を強いられ、「やってられない」と思うメンバーは多数いる。たとえ地獄への脅迫観念や氏族のメシヤとしての使命感を植え付けられていたとしても、非原理の生活とのギャップが大きい人間ほど全て捨てて非原理に戻りたいと思ってしまうのである。

反面、ギャップが少ない人間……私もその内の一人なのだが、元々、実家は裕福ではなく、贅沢な暮らしをしたこともなかったせいでお金に対してあまり執着がなかった……教団の要望に抵抗なく沿える人間だけがふるいにかけられることなく残っていく状態だった。
残っていく人間の具体的な条件として、教団が隠語にしてターゲットにするよう教えられていた。
「ぎんかんぽあぱきんじょ」
「銀看保アパ勤女」
銀…銀行員
看…看護士
保…保育士
アパ…アパート住まい
女…女性

銀行員は献金出来る貯蓄が多い。看護士、保育士は奉仕精神が旺盛。アパート住まいの人間は教団の活動をやりやすい。女性は堕落エバとしての罪感が大きい。という理由で絶好のターゲットとされていたのだ。
これは新トレの伝道学という講義で教えられたこと。
いよいよここから、伝道された側が、伝道する側へ。被害者が、加害者へと変わっていく訓練をされて行くのである。