悩みなどなかった。
…と言ったら嘘になるかも知れない。
だが人間誰しも、どんなに辛いことがあっても何とか消化して、ある時はそれを糧にして、前を向いて生きているものではないだろうか?
私はそうやって生きて来たつもりだった。
ところが、カルチャーセンター(ビデオセンター)と言うサークルに入会し、優しいコンサルタントのお姉さんが担当として付いてくれて、こちらの話を親身になって、聴いてくれる。
コンサルタントのお姉さんは時にこんな質問を投げかけて来る。
「今までの人生の中で一番辛かったことって、どんなことかな?」
特に話すつもりでもなかった幼少期のいじめられ体験などを思わず話してしまうことになるのだが、そんなことは、普段の生活の中で取り立てて思い出す必要もないこと。
聴かれたことで敢えて心の奥底から掘り出して、思い返す内に、辛かった感情がフラッシュバックして泣いてしまう、なんてことがビデオセンターに行く度に繰り返された。
「泣いていいのよ」なんて言われたら、不思議なもので、今まで誤魔化しながら心の奥にしまい込んだネガティブな感情が溢れ出てしまう。
通常の人間関係において、毎日毎日、そんな話を聴いてくれる人などいない。まずこちらから話そうと思わないし、そのようなシチュエーションはないに等しい。
それでいて人間は人とのふれあい、コミュニケーションを強く求める生き物である。
更には自分のことを知ってもらいたい、分かってもらいたい、認めてもらいたい、慰めてもらいたい、必要とされたい、愛されたい…。欲求だらけなのである。
そんな欲求を満たしてくれるのが、ビデオセンターのコンサルタントなのだ。
すっかり心を許してしまった私は親にも話したことのないような過去の苦しみ等を全て、コンサルタントに吐き出した。
出したら入る。出さなきゃ入らない。
…あらゆる場面で用いられるわかり易い定義である。
例えば、人間の消化器官。便秘してると食欲落ちるが、出すものを出して、スッキリすると再び食欲が出て、口から食べ物を入れたくなる。
お金持ちの人がよく言ってるのは、お金も出さなきゃ入らない、ってこと。
物理的に考えれば当たり前のこと。
満員電車も降りる人が先。客を車外に出して次の客が入る。
人間の心も同じ。
誤魔化してくすぶらして心の奥底に閉じ込めてきたものを、出して出し切ったら、次は入れるしかない。
コンサルタントの次の作業は統一原理を空っぽの心にどんどんブチ込んで行くことだった。
今思えば、堕落論に代表される、陳腐でお粗末で馬鹿げた統一原理を人生かけて信じてしまうまでに至ったのは、このマインドコントロールの導入部分である「出して入れる」、という手法がとても効果的に用いられていたからなのだ。