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50代ステップファミリーの記録

50代再婚夫婦+高校生娘の日々の記録です

ステップファミリー歴1年4か月の三人家族の記録です。

夫 58歳

私 52歳

私の娘 16歳(高1)

 

 

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数日前、心が限界になって、とうとう夫に「別居婚てどう思う?」と聞いてみた。

 

「このマンションのすぐ近くにアパート借りて、夕飯とかは私が運んでもいいし、別に暮らせば娘の部屋からの騒音とか気にならなくなるし、二人きりの夫婦時間も作れるやん(正直ここはどうでもよかったのだけど)。けど、別居すれば本当に赤の他人になっちゃうから、入籍してもいい。正式に夫婦になって、けど娘が学校出るまでの数年間、別居婚するってどうかな?」

 

そこまで言ったけど、夫はしばらく無言で、「あ、嫌なんだな」と察した私は「ま、お風呂に入っていた時に突然ひらめいただけのことだから~」と冗談ぽくいうと、「寂しいかな」と聞こえるか聞こえないかの声でボソッと言われた。

 

とりあえず、会話はそこで終わったけれど、寝る前に私の寝室に来て夫は再度、「別居はようせんわ」と言って、自室に戻っていった。

 

 

 

夫と同居を始めて3か月ほど経ったころ、私はメンタルを崩し抗うつ薬を飲み始めた。いったんやめたけど再発してまた抗うつ薬飲んでいる。夫も、同居が理由だということはわかっている。日々の生活に安らぎがないこと。笑って過ごせないこと。しんどい、つらい、逃げ出したい・・・

 

カウンセラーさんから、「病気の回復には、ストレッサーから離れることが一番なのです。別居婚は難しいですか?別居して距離を置くとうまくいく夫婦ってけっこういるんですよ」と言われたこと。

 

言いたいことはあったけど、寝る時間だったので、私も「そっかあ」とだけ答えてその日は眠りについた。

 

 

 

夫は寂しがり屋で、家事のこともあるだろうし、もう一人暮らしは嫌なんだな。あの頃、一人は寂しいとさんざん言っていた。

 

だったら、私は腹をくくって、同居を続けるとして、好きにさせてもらおう、と決心した。

 

例えば、部屋割ひとつにしても、娘の希望を第一、夫の希望を第二、私の希望は最後にしていたけど、夫を最後にしてもよいのだ。だってここは私の家。

 

娘が友達とご飯食べて帰ってくる日などは、大人のご飯は、ほか弁でいい。(私は料理が大嫌い)

 

趣味の活動で夜に家を空けることも、もう解禁しよう。

 

娘の部屋が玄関入ってすぐの部屋になったから、娘はリビングダイニングを通る必要がなくなった。夫と二人で家にいても、二人が顔を合わせることもなくなった。

 

家の中に二人きりにさせることに抵抗があったけど、もう、大丈夫かも、という気になってきている。そもそも娘の帰宅はだいたい21時~22時だ。

 

私は私で世界を広げよう。

 

同居は継続するとして、やれるまで、まあなんとかやり過ごすとして、自分のことを考えよう。

 

今はそんな気持ちになっている。

 

 

 

 

昔から、趣味や興味は多かった。

散歩やヨガストレッチ、旅行、登山をしていた時期もあったし、水泳、温泉巡り、神社巡り、美術館巡り

ガーデニング、読書、茶道、自然探索、、、

 

娘がいる日は夕飯を作って、洗濯して、掃除して家を整えて、仕事行って、あとは自分の好きなことをする。

 

最低限そこだけやっておけばいいかな。

 

大人は好きにすればよい。今は生活費を入れてもらっているから、夫のご飯も用意しなきゃって気持ちになるけど、娘が独立したら、生活費は各々が負担して、ご飯作りとか、各自で準備したらいいと私は思っている。

 

ゆる家庭内別居。目指すはそこだ。

 

 

 

 

 

娘と私の部屋を交換してそろそろ4週間になる。

 

玄関入ってすぐの部屋。

 

朝は、知らぬ間に登校しているし(気づいたときはいってらっしゃいと声かけ)、帰りもスッと自室に入るから、玄関の扉の音だけが頼りである。

 

夕飯は、ほとんど自室に運んで食べている。前の部屋は狭かったけど、今の部屋は広くなったので、白くて丸いかわいいちゃぶ台を置けるスペースがある。

 

ふわふわの丸くて白いラグを敷いて、かわいいクッションを置いて、自分好みの部屋にしているみたい。

 

そこで、iPadでYouTubeなど見ながら食事をして、食べた食器は、お弁当箱や水筒とともに、キッチンに持ってきて洗っている。

上出来だ。

 

そのころには、私も夫も就寝。よって、私すら、娘と平日に顔を合わすことはほとんどなくなった。

 

朝、お弁当と水筒を娘の部屋に運ぶ瞬間が、何秒かある会話のチャンス。

 

普段の連絡事項はラインで。

 

夕飯を一人で自室で食べるなんて、普通の家族から見れば、おかしいかもしれない。

 

けど、私たちは普通の家族じゃないのだからこれでいい。普通を目指してはいけない。

 

それでもいつだったか、模試の結果がよかったときは、「ちょっと聞いて~模試の結果が・・・」とリビングに来て話しかけてくれた。

とてもうれしかった。よかったね、頑張ったねって、たくさんほめてあげた。

 

今はこれで十分だ。

 

大きな病気なく、けがせず、毎日過ごしてくれていること。家に帰ってきてくれること。

 

それだけで良しとして、過ごしていこう。

 

 

 

 

最近、私はほぼ一人行動で、土日も一人で過ごしている。

 

夏頃までは時々娘と出かけたり、夫と土曜日の休みが重なったりしていたのだが、秋以降、娘は外出は友達と、夫は異動があり土日休みは皆無となった。

 

一人でぼーっと車を運転していると、どこに行っても、前の家族(元夫、今の娘)での思い出がよみがえって辛い。

 

あーこの公園、あの子が小さいころ家族で来たな、このスーパーも、この図書館もみんなで来たな、など、娘が10歳になるくらいまでの、家族3人仲良かったころの思い出が、しょっちゅうよみがえって、私はしばしば一人で泣いている。

 

もうあんな瞬間は帰ってこないのだ、前を向いて歩かなきゃ、今を大切に、頭ではわかっているのに、心が追い付かない。

 

私はどうしてあの幸せを手放しちゃったんだろう。どこで歯車がおかしくなったんだろう。娘に悪かった。私はダメ母だ。

 

などど、どんどんエスカレートして自己嫌悪、自己否定、罪悪感にさいなまれることがある。

 

けど。

 

あの時は、あの選択しか、自分を守る手段がなかったのだ。

 

いつだったかカウンセラーさんに言われたことを言ってみる。

 

あの時は仕方なかった、ああするしかなかった。私は悪くない。

 

けど、この悲しみはいつになったら薄れていくのかな。あの頃楽しかったよねって、心の底から笑って言える日が来るのだろうか。

 

元夫にはありがとうと言いたい。私は、あの10年間の思い出があるから、生きていられる。そんな感じ。

 

 

 

 

 

とりあえず、目の前のことに集中して、楽しみを見つけよう。

 

週末は、娘の部活動の送迎がある。

郊外のサッカー場まで50分、気合を入れて運転せねば!

 

あとは、何か一つでも、自分が楽しいと思えることをしよう。

 

 

 

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カウンセラーさんから教えてもらったおまじない。

 

「私は今、他人の責任を取らない。大丈夫」

「私は今、頑張りすぎない、大丈夫」

「私は今、自分を大切にする、大丈夫」

 

「私は私を受け入れ、認め、許し、愛しています」

 

 

まずは自分を大切に。自分を愛すること。

そして娘を大切に。娘を愛すること。