レインボーハンターが集うバー〈全七夜~第四夜~〉 | 佐藤 美月☆庄内多季物語工房 ~心のエネルギー補給スペースへようこそ~

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疾うに深夜を過ぎたヨットハーバーには、杭に係留されているヨットの群れが、大人しく浮かんでいるだけで、他には誰もいなかった。

ただ、濃厚な潮の香りが、厚かましいほどに、存在を主張していた。

ヨットハーバーに入ってからも、尚も疾駆していた女だてらのレインボーハンターは、桟橋の先端まで辿り着いた時に、漸くその足を止めた。

そこで本のページを捲るように、クリューゲルの方へと、ゆっくりと振り返った。

そんな彼女の背後には、黒々と塗り潰されたコールタールのような海が広がっていたが、その見た目だけでは、海だということを疑ってしまうような、どす黒い光景だった。

それが海であることを知らせるのは、穏やかに繰り返される波の音と、濃厚な潮の香りくらいのものだった。

彼女は、挑むような目付きをして、こんなことを口にした。

「あなたは、レインボーハンターなんでしょう?

だったら、虹を捕まえるようにして、私のことも、捕まえて。

そうじゃなかったら、ハンターとは呼べないわ」

そんな強気な彼女の言葉でも、何となく詩的だと感じたのは、その声が、穏やかな波音を縫うようにして、クリューゲルの耳に届いたからかも知れない。

穏やかに繰り返す波の音や、万雷の拍手のように聴こえる葉擦れの音は、その時の現象を、とかく詩的に演出してくれるものだ。

女だてらのレインボーハンターは、再びクリューゲルに背を向けると、ウエッジソールを脱ぎ捨てて、裸足になった。

それから、桟橋の先端を蹴り上げるようにして、黒々とした海の中へと飛び込んだ。

飛沫を跳ね散らかし、水音を立てて、のっぺりとした海が、彼女の身体を飲み込んだ。

クリューゲルは、咄嗟に水晶のペンダントを口に咥(くわ)えると、デッキシューズを脱ぎ捨てるなり、桟橋の先端まで走って行った。

最早、あれこれと考えている余裕などなかった。

女だてらのレインボーハンターを追って、潔く海に飛び込んだのは、殆ど本能のなせる技だった。

何故ならば、男たるもの、獲物が逃げれば、追い掛けなければいけないと思うものなのである。

そうしてこそ初めて、男であることを証明出来るようなものだった。

しかし、その場の勢いで飛び込んだものの、そのことを直ぐ様、後悔する羽目になった。

初秋の海水は、思わず鳥肌が立つほど、冷たかったからだ。

その冷たい海水が、シャツやチノパンツを通して侵入してきて、クリューゲルの身体から、次第に体温を奪って行った。

そんな中、女だてらのレインボーハンターを波ごと捕まえると、彼女の首筋に、水晶のペンダントを取り付けた。

「これで捕まえたぞ。水晶に宿る虹も、あんたのことも」

クリューゲルはそれまでも、自らをレインボーハンターとして、認識していたつもりだった。

しかし不思議なことに、その時に初めて、名実ともに、レインボーハンターになれたような気がした。

それは、水晶に宿る虹と、女だてらのレインボーハンターという、実体のある物を捕まえたからなのかも知れない。

やはり天空に架かる虹は、どんなにカメラのフィルムやビデオカメラに収めようが、結局は、幻に過ぎないのだ。

水晶に宿る虹や、女だてらのレインボーハンターと比べると、捕まえたという実感が薄いのだ。

その後で、黙って見詰め合った二人は、どちらからともなく、口付けを交わした。

その時に、海の波に揉まれながら交わした口付けは、やけに塩辛い味がした。

けれども、冷たい海水に奪われて行った体温が、一瞬で甦るほどの情熱を、点火してもくれたのだった。


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・・・レインボーハンターが集うバー〈全七夜~第五夜~〉へと続く・・・



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