クロエがサーカス一座の一員で、全国各地を公演して回っていることを知ると、知り合った少年少女は異口同音に、良いなあと口にし、さも羨ましそうに、溜め息を漏らす。
時には、知り合った大人でさえも、同じような反応を返してくることがある。
クロエはそんな時、一体何処を見て、羨ましがっているのか、不思議に思う。
サーカス一座など移動続きで、荷物が増えるから、欲しい物があってもおいそれと買ってもらえないし、たとえ訪問先で仲良くなった人間がいたとしても、数週間後には、容赦なく別れを告げて、旅立たなければならない立場だった。
それなのに、知り合った人々は大概、クロエの立場を、羨ましいと感じるようだった。
それが何故なのか、カミーユに訊いてみたことがある。
カミーユは、同じサーカス一座の一員で、栗色の澄んだ瞳に、亜麻色の柔らかそうな髪の毛をした、三十代半ばの気さくな女だった。
普段からクロエのことを気に掛け、何かと世話を焼いてくれる。
元々物心付いた時から、クロエと一緒にいてくれるので、もしかしたら、彼女が母親なのかも知れないとぼんやり思っていたし、また、そうだったら良いなとも思っていた。
だが、本当のところは、誰が母親なのかは、判然としなかった。
カミーユは、ある時、コインランドリーで洗濯をしながら、クロエの質問にこんなふうに答えた。
「それはね、定住している人達にとっては、サーカスが非日常の世界だからよ。
自分達が毎日接している日常には飽き飽きしているし、うんざりしているし、膿んでもいるの。
その点、サーカスを観に来るのなんて、半年か一年に一遍くらいのものでしょう?
そんなふうにして、滅多に目に触れない物は、彼らにとって、非日常になり得るのよ。
非日常の世界は、彼らにとっては、息抜きの場所。
そんな非日常の世界に生きているクロエは、羨ましいと思える対象なのよ。
だけど、サーカスという非日常の世界を、日頃から生きているあたし達にとっては、それが日常であることに、彼らは決して気付かないのよ」
カミーユの説明は、日常と非日常に関するパラドックスを、論じているように感じられた。
・・・黄昏サーカスの非日常〈全二十二夜~第二夜~〉へと続く・・・
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