夢狩人 | 佐藤 美月☆庄内多季物語工房 ~心のエネルギー補給スペースへようこそ~

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山形県庄内からの新鮮便。採れたての物語を召し上がれ。
あなたが初めて出逢ったのに、不思議と懐かしさを感じる世界が、ここにあります。
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地上から見上げると、常に隠れている月の裏側のように、ひっそりと存在しているあなたのもう一つの顔を、想い出せるだろうか。

あなたは今、現(うつつ)の世界を生きている。

それ故に、現の世界で過ごしている時の、あなたの表の顔に関しては、先刻承知しているだろう。

しかし、あなたには、確実に、もう一つの裏の顔も、存在しているのである。

何故ならば、あなたは夜な夜な、現の世界を抜け出して、幻想的な夢の世界で、過ごしているからだ。

そうして、現の世界において、様々な役割を担っているのと同じように、夢の世界においても、様々な役割を、担っているのである。

その役割のうちの一つに、夢狩人というものが存在する。

夢狩人に身をやつしたあなたは、ふっくらとした薔薇色の頬と、円(つぶ)らで玲瓏(れいろう)な瞳、そしてぷっくりとした珊瑚色の唇を持った少女である。

彼女は実に愛らしく、それでいて、戦士のように凛とした、気高い雰囲気をも併(あわ)せ持っている。

そんな夢狩人は、一見、戦国時代の武将のような、物々しい出で立ちに、そのほっそりとした身を包んでいる。

すなわち、頭には兜を被り、胸には鎧を当て、手の甲は籠手(こて)で覆い、脛(すね)には脛当てを付けている。

それから、夢狩人らしく、小型の弓と矢筒も背負っている。

しかし、それらは全て、可憐な花々と、植物の枝や葉などから、出来ているのである。

兜のように見える物は、真紅のチューリップと、マゼンタ色のアネモネを豪勢な花束にして、そこに早緑色のスイカズラの葉を、てんでに挿した物である。

鎧のように見える物は、胴衣のように象(かたど)った薄茶色の木の皮に、雪白のシクラメンの花を、一面に貼り付けた物である。

そのシルエットは、二十段重ねのフリルのドレスのように、ふわふわとして見える。

籠手のように見える物は、純白のカサブランカの花心の中に、直接腕を通した物である。

脛当てのように見える物は、力強い緑色を放つヒムロスギの葉と、真紅の野薔薇の実を、ふんだんに絡ませた物である。

そうして弓には、伸びやかな菖蒲の茎と、綿花から紡いだ糸が使われており、矢筒はしなやかなアケビの蔓で編まれていた。

矢そのものは、白銀色の花を取り除いた状態の、しんなりしたネコヤナギの枝である。

夢狩人は、花尽くしの華麗な出で立ちで、幾層もの次元が複雑に重なり合う夢の世界を、次元の歪(ひず)みにうっかり填まってしまうこともなく、悠々と渡り歩いて行く。

夢狩人が行く先々で出逢うのは、片足から血を流した野兎や、脇腹から血を流した狐、片翼から血を流して飛べなくなり、地面に蹲(うずくま)っている鷹などである。

夢狩人は、傷付いた獣達を見付けると、背中に背負っていた矢筒から矢を抜き出し、それを弓に番(つが)えて、獣達の傷口を、狙って射る。

すると、風を切って飛び出した矢は、獣達の傷口へと、瞬く間に吸い込まれていき、傷口は、みるみるうちに癒えていく。

獣達は、敏捷に動けるようになった途端、本来いるべき次元へと、速やかに帰って行く。

彼らは、次元の歪みに填まってしまって、怪我をしてしまい、そこで動けなくなっていただけだからだ。

要するに、夢狩人の役割とは、傷付いた獣達を、癒やすことなのである。

それが証拠に、夢狩人が付けた足跡には、次々と、可愛らしい野の花が咲いていく。

ふわふわと夢を見るように咲きこぼれるカスミソウ。

微風と対話をしているように揺れるコスモス。

しっとりとした風情を漂わせるスミレ。

眩しい光を拡散させるように、明るく咲くタンポポ。

少しも臆することなく、真っ直ぐに天空を見上げるガーベラ…‥。

地中で密やかに眠っていた花の種子が、夢狩人の足跡にこもった癒やしのエネルギーを受け取って、次々と育っていくのである。

そんな夢狩人こそが、夢の世界で過ごしている時の、あなたのもう一つの顔なのである。

けれども、目まぐるしい現の世界で過ごしている時には、そんなことは、すっかり忘れていることだろう。

しかし、現の世界と夢の世界は、常に表裏一体であり、互いが互いの世界に、密接に影響を及ぼし合っている。

それが証拠に、あなたにも、これまでに、見ず知らずの他人から、親切に接してもらった経験が、幾度かあることだろう。

彼らは恐らく、夢の世界で、夢狩人であるあなたから、命を救ってもらった獣達なのかも知れない。

現の世界で見(まみ)えるのは初めてでも、夢の世界では既に、交流を持ったことのある面々なのである。

そんなふうにして、夢の世界での行いが、巡り巡って、現の世界に、影響を与えているのである。

きっと今宵も、あなたは現の世界を抜け出して、夢の世界の住人として、生きることになるだろう。

幻想的な夢の世界では、夢狩人として生を受けるあなたの澄んだ眼差しには、どんな風景が、映し出されてくるのだろうか。

それは、深い眠りという名の夜汽車に乗って、夢の世界に辿り着いてからの、密かな楽しみとしておこう。


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ふんわりリボン夢狩人のイメージは、こちらの画集から、インスピレーションを授かりました。美しくも勇ましい作品集です。よろしければ、こちらもどうぞ。



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