エスメラルダに捧げる香り〈全五幕~第二幕~〉 | 佐藤 美月☆庄内多季物語工房 ~心のエネルギー補給スペースへようこそ~

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その依頼人の邸宅は、少し分かりづらい場所にあるとのことで、黒塗りのロールスロイスが、碧羅(へきら)の自宅へと差し向けられ、玄関の脇に横付けになって、迎えに来てくれていた。

更に、慇懃無礼な態度の運転手が、至れり尽くせりで、ロールスロイスの扉を開けて誘導してくれて、それで乗り込んだ後部座席は、高級ホテルのソファー並みにゆったりとしていて、大いに寛げた。

普段、依頼人の肩書きには、然程頓着しない碧羅だったが、滑るように移動する居心地の良い後部座席に身を沈めているうちに、そう言えば、三十社ほどの会社を経営している実業家だったな、と思い出す。

ロールスロイスが向かっているのは、郊外にある閑散とした場所だった。

一車線の道路の周囲に、住宅が殆ど見当たらなくなってきた頃、樹木が鬱蒼と生い茂る広大な雑木林が、左手に見えてきた。

その林の中を、大蛇のようにうねうねと横たわっている小道に、ロールスロイスは、ゆっくりと入って行った。

次第に緩やかな登り坂になっていく雑木林の中を、十分ほど進んで行くと、やがて木立の隙間から、二階建ての豪勢な邸宅が見えてきた。

どうやら依頼人の住まいに到着したようである。

車寄せに静かに停車したロールスロイスから降りた碧羅は、ロマンスグレーの頭髪を、品良く撫で付けた運転手の恭しい案内で、邸宅の中へと通された。

重厚な大理石の床は、鏡のように艶やかに磨き上げられ、何処を向いても、趣のある調度品が飾られている。

実物大をした黒いセラミック製のパンサーの置物。

流麗なアカンサス模様の彫刻がふんだんに施されている、バロック式の優雅な黄金色の縁に飾られた、一抱えもある巨大な姿見。

クリスタル硝子を用いたマリア・テレサ型のクラシックなシャンデリアは、華やかでありながらも、華美になりすぎない、絶妙な上品さを湛えている。

塗り絵のようなノスタルジックなデザインが施された、ステンドグラスの明かり取り。

碧羅にとっては、まるで美術館のような芸術的な空間だったが、そんな場所を、日常を過ごす場としている人間もいるのである。

そうして今回の依頼人は、実際の年齢は、四十代後半ではあるものの、その見た目は三十代後半くらいにしか見えない、肌の浅黒い、精力の漲(みなぎ)った壮年の男だった。

先祖代々、多くの会社を経営してきている、言わば生粋の経営者一族の御曹子である。

服装のセンスも洒落ていて、シャンパンゴールドのシルクのシャツブラウスに、黒革の細身のパンツを合わせ、その襟元からは、色鮮やかなエルメスのスカーフが覗いていた。

碧羅は、彼と引き合わされた応接間で、偶然にも、見知った顔と出くわした。

それは、今朝の朝刊に掲載されていた、三十六億円で落札されたと言う、絶世の美女の肖像画だった。

彼女はまるで、そこに生きて存在しているかのように、全てが鮮やかに息づいているように感じられた。


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・・・エスメラルダに捧げる香り〈全五幕~第三幕~〉へと続く・・・



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