ジェラール・フィリップの朗読する「星の王子様」についてちょこっと書いてから、「振り幅」へとつなぐつもりが何のその。検索の沼にはまってしまって、古い映画を何本も観たり、本を読んだりして、随分と長い間、沈没していました。
なのでせっかくだから、独立した記事にしちゃいますね。
(よってスケート要素はゼロです。)
ジェラール・フィリップは第二次世界大戦後の時期、フランスを代表する俳優として絶大な人気を誇っていましたが、その人気の理由は単に彼が稀に見る美貌に恵まれていたからではなく、若い頃から実力派として認められていて、舞台でも映画でも見事な演技力を発揮していたからなんですよね。
でもやっぱり綺麗。
私がフランスの中学に通っていた頃、暗唱の授業でコルネイユの 『LE CID』という戯曲が課題になっていました。生徒全員が戯曲全文の収録された単行本を買って持っていたのですが、その表紙にはジェラール・フィリップのロドリーグ役の写真が載っていたのを鮮明に記憶しています。(この戯曲に関しては個人的にけっこうな因縁があって、よけいに憶えている。。。その辺りも興味があれば過去記事で読んでください。)
ロドリーグはフィリップの当たり役で、彼が36才の若さで急逝した時も、遺言に従って、その役の衣装で埋葬されたそうです。(183センチの長身で抜群のスタイルだったから、膝上までのブーツが似合うったらありゃしない)
そして演技の幅、で言うと『悪魔の美しさ』(1950年)の中で見せる一人二役が素晴らしい。
美しい若者の姿でまず現れるメフィストフェレスと
外見は同じだけれど、中身は年老いたファウスト博士と入れ替わった後の演技:
全て60‐70年も昔の映画ですが、機会があればぜひご覧ください。
さて、ジェラール・フィリップが『星の王子様』から一節を朗読している動画をすでにシェアしたわけですが、色々と調べている内にあのYOU TUBEの動画が実は「INA(フランス国立視聴覚研究所)」に保存されているテレビ番組の動画を切り取ったものだということが判明しました。
こちらの動画には最初の数分間、生放送のテレビ番組の司会者からインタビューを受けて、自分の演技の「幅」について語っているフィリップの様子が写っています。そこがとても興味深かったのでご紹介します。
(1:08辺り~)
1946年のことです。フィリップがまだデビューして間もない頃、昼間はドストエフスキー原作の映画『白痴』の撮影をしていて、
夜は舞台でカミュの戯曲『カリギュラ』を演じるというすごいスケジュールをこなしていた時期があったそうです。
しかしそれが功を奏して、どちらの役作りにも良い影響を与えてくれた、とフィリップは述懐します。映画の中では「純粋な善」を演じ、舞台の上では「純粋な悪」を演じるという両極端を求められたからこそ、自分の中で均衡が取れた、と言っていました。
この時の経験が後々まで生かされて、彼の演技の幅広さへとつながったのかも知れないな、と感じました。
ジェラール・フィリップと何本かの映画で共演し、舞台の上でも彼と多くの戯曲に出演した名女優、ジャンヌ・モローの言葉が印象的でした。
モローはジェラール・フィリップが亡くなった20年後に、彼の娘のアンヌマリー・フィリップのインタビューに応じているのですが、「父は家族の話など、良くしていましたか?」という質問に対して「いえ、あなたのお父様は仕事場ではプロに徹していて、プライベートの話は全くしませんでした」と答えています。
そしてフィリップの最後の映画の一つとなった「危険な関係」(1959年)で彼が演じたヴァルモンという役どころについては:
Valmont est un pervers mais il ne peut l' être que s'il a une morale. Et comme votre père avait un sens profond de la morale...(中略)... seul quelqu'un d'aussi pur, d'aussi intègre, pouvait donner cette dimension de perversion absolument réelle et poétique en meme temps.
ヴァルモンは堕落し切った男なのですが、道徳心が全くない人間はああはなれません。あなたのお父様は非常に深い道徳心の持ち主でしたが…(中略)…彼の様にあれほどにも心が美しく、清廉潔白な人だからこそ、ヴァルモンの倒錯にも迫真的で、同時に詩的な次元をもたらすことが出来たのだと思います。
と語っています。
「軸」となる強い道徳観があったフィリップは、舞台や映画の中では人の心を踏みにじる役でも上手に演じることが出来た。同時に彼は仕事と私生活をきっぱりと切り離し、仲の良い俳優仲間ともあまりプライベートの話はしなかった、というところが興味深かったです。
さて、最後にちょっと『星の王子様』の朗読について書いておきます。
フィリップはサンテクジュペリの文を読み始める前に、1分間たっぷりをかけて、自分の言葉で、ゆっくりと、ごく自然に、物語の設定を紹介します。(2:53‐3:53)
そこからほぼ継ぎ目なく、朗読に入ります。
場面は、ナレーターである飛行士が必死で壊れた飛行機を修理しようといている横から、王子が自分の星に置いてきた一輪のバラを心配して、色々と質問してくるところです。
羊が自分の大事なバラを食べてしまうのではないか、せっかく棘を生やして身を守っているのに、どうにもならないのか、等々と切羽詰まった風に言う王子に向かって、とうとう飛行士は苛立ってしまう。
そして
「適当に返事してただけだよ、こっちはもっと重要なことで頭が一杯なんだから」(5:30辺り)
と言うと、王子は「信じられない」、という顔になり
それから一気にまくし立てる。。。
という設定です。
その王子様の子どもっぽい悲愴感や怒りの上昇具合や、途中、一瞬だけ自分の大好きなバラについて語る時のキラキラした目元、(7:08辺り)
Si quelqu’un aime une fleur qui n’existe qu’à un exemplaire dans les millions et les millions d’étoiles, ça suffit pour qu’il soit heureux quand il les regarde. Il se dit : "Ma fleur est là quelque part…"
何百万もの星がある中で、たった一輪しか存在しないバラを愛している人がいたら、その人は無数の星を見上げるだけで幸せになれるものなんだよ。「ぼくのお花は、このどこかにいるんだ」と、思えるから。
そこから一転してまた絶望へと変わる表情の動きがすごい。(7:30辺り)
Mais si le mouton mange la fleur, c’est pour lui comme si, brusquement, toutes les étoiles s’éteignaient !
でも羊がそのお花を食べてしまったら、その人にとっては突然、全ての星の光が消えてしまったのと同じことなんだ。
Et ce n'est pas important, ça?
それでも、そんなのは重要な事じゃない、って言うの?
このセリフのところでフィリップはそれまでとは全然違う、大きな声と激しい表情を使って、「見せ場」を創ります。
演技力もすごいけれど、この様に見ている側の虚を突くような演出が効果的。それはほんの一瞬で、また元の落ち着いたトーンに戻るので、「今、何が起こったんだろう」と思わせられるのですね
これを見てまず「振り幅」というキーワードと結びつけたのでした。まあこじつけ、と言ってしまうとそうなんですが。。。
そしてこのフィリップの演技に感動して、しばらくネット検索の旅に出てしまった私でしたが、やっと抜けられるかと思いきや、今度はカトリーヌ・ドヌーヴのドキュメンタリーがテレビで放送されたりして、またまた検索の旅へ。
一つの沼からまた次の沼へと這い出ては嵌り、の繰り返し。
か、可愛い『シェルブールの雨傘』(1964年)時代のドヌーヴ
誰か救出してください。























