前記事にたくさんのコメントありがとうございます。
なんせ先週一杯は映画祭に費やしたので現在、本職(「え?本職ってあったん?」と思われる方もいらっしゃるでしょうが)へのしわ寄せがドドっと来ていてなかなかお返事を書くことが出来ていません。この記事をアップした後に書かせていただきます!
ではトロント国際映画祭レポートの続きです。
私が通訳を担当した二本目の映画は河瀨直美監督の「あん」でした。(あらすじなど詳細は公式HPをご参照ください。)
舞台挨拶には河瀬監督の他、主演の樹木希林さんもいらっしゃると聞いて、ぜひ、担当したいと思った映画でした。
9月14日、午前中はトロント市内から少し北の方にある日系文化会館にて取材があるとのことで、このお手伝いもさせていただきました。
舞台挨拶で初めて会うのではなく、事前に取材に立ち合えることは非常にありがたい。なぜなら監督さんや俳優さんの話し方、質問への答え方、そして話の端々でエピソードをシェアしてくださることで通訳へのヒントが得られるからです。
その他の下準備として、河瀬監督がフィーチャーされた「情熱大陸」の動画を見たり、
監督デビュー以来とても高い評価を得ているカンヌ映画祭でのインタビュー記事や動画も研究しました。
そして、ご対面。想像通り、お二人ともさりげない中にも確かなオーラが感じられる素敵な女性でした。
日系文化会館にはお二人の姿をひと目見ようとスタッフや理事の方々も集まって来て、「あん」の中で重要な役を演じる「どら焼き」をわざわざ作って差し入れしてくださいました。
年末にはドイツで「あん」が公開されるとのことで主なインタビューはドイツの記者さんが英語で進め、河瀬監督も樹木さんもすごくユニークで深いコメントを返していらっしゃいました。そのおかげで「大変、密度の濃い話が聞けた」とドイツの記者さんも喜んでいました。
この後、河瀬監督たちには日本語メディアによる取材が入っていたため、私はいったん職場に戻って午後4時に再度、上映会のためにトロント大学内のISABEL BADER THEATRE にて皆さんと集合することになりました。
トロント国際映画祭ではほぼ全ての上映会が自由席です。そのため、チケットを持っていても自分の好きな場所に座ろうと思ったらお客さんは前もって劇場の外で並ばなければなりません。
当日は幸い、素晴らしい晴天だったので並んでいても気持ちが良さそうでしたが、寒い日でも雨の日でもこの条件は変わらないのでなかなか映画ファンにとって厳しい状況です。
会場に着くと、ものすごい行列が出来ていてびっくりしました。
外にも(実はこの中に私のお友達も6人ほど混じっていました!)
中にもお客さんが一杯!
そして時間になると大きな拍手に迎えられて河瀬監督と樹木希林さんが舞台に上がり、ほんの短い挨拶をされました。
このあと、河瀬監督は会場の後方でお客さんと一緒に映画を観る、とおっしゃり、樹木さんは外でお茶を飲む、とおっしゃいました。私は事前にこの映画を観ていたので、樹木さんと一緒に大学のカフェで過ごすことに。
広く知られていることのようですが、樹木希林さんは日本で誰も知らない人がいないほどの大女優でいらっしゃるにも関わらず、何をするにもどこへ行くにも一人で全て取り仕切るのが主義。外国の見知らぬカフェでもごく自然に馴染んで、スタッフの買って来たペットボトルのジュースをフツーに飲んでいらっしゃいました。本当に不思議な光景でした。
もひとつ驚いたのは舞台挨拶のために着ていらしたドレスは着物をリフォームしてご自分でお作りになったもの、そして「あん」の中で着ていらした衣装もご自分の手作り、だということ。
一時間半ほど世間話をしたでしょうか。映画の終わる頃を見計らって再び会場に戻り、舞台裏の控室で出番を待ちます。
エンドロールが流れ出すと観客席から拍手が聞こえて来ました。
一斉に、という感じではなく、徐々に沸き起こり、そして渦巻くように大きくなる、という言い方が当たっているように思います。
そんな中、河瀬監督が控室にいったん戻って来られて、そこから改めて映画祭の主催者に先導されて樹木さんと一緒に舞台に向かいました。
二人がライトに照らされて登場すると、興奮した観客が拍手だけではなく、ものすごく大きな声援で迎えます。
映画、というよりも、まるでオペラかお芝居が終わった後のようにそれはなかなか鳴りやまず、河瀬監督も樹木さんも心なしか頬が紅潮しているように見えました。
舞台のそでで見ている私までちょっと胸が一杯になったりして。
ご覧になった方々もいらっしゃるかと思いますが、樹木希林さんのこの映画の中での演技はまことに素晴らしい。彼女にしか演じられなかったであろうと思われる役どころでした。
ところがここからが面白い。
「あん」は、ハンセン病患者への差別という深刻な社会問題をテーマにしているだけあって上映後の観客からの質問や感想もそれなりに重いものがありました。河瀬監督はそれらに丁寧に答えて、その言葉にまた皆さん、感動していらっしゃるのが分りました。(私のお友達も後から「上映中も質疑応答の間もずっと号泣しっぱなしだった」とメールをくれました。)
なのに映画の中での切ない役どころとは違い、生身の樹木さんは質問に答えるにもジョークを交え、難しい役作りであっただろうと聞かれても「全然、何も下準備なんかしてません」とおっしゃる。
その落差にまた観客は大爆笑。
さすがに絶妙な場の空気の操り方でした。
この模様は「シネマ・トゥデイ」の
樹木希林、海外でも安定の樹木節でカナダの観客大笑い!【第40回トロント国際映画祭】
でどうぞ。
(写真は「シネマ・トウデイ」より。
今回は「クリントン」とか言われんように後ろで控えめに立っているのだ)
上映会が大成功に終わり、河瀬監督は翌日にはもう日本にお帰りになったのですが、樹木さんは16日の上映会にもいらっしゃいました。
一人でも大丈夫、質疑応答だって「別に知ってることしか聞かれないんだから」と堂々としたものです。私も樹木さんの言葉のニュアンスを損なわないように気を付けました。
この上映会もスムーズに終わり、昼食会へとお送りすることになりました。レストランの前でお別れする際に樹木さんは両手で私の手を包んで
「よく訳してくださいました。お客さんの反応で、私の言ってることがちゃんと伝わっていることが分かったから」
とねぎらってくださって、
素直に
めっちゃ嬉しかったんですけど。
さてさて、これだけでもかなり充実した映画祭だったのですが、実は最後に担当した映画でまた大笑いの展開が。
その映画とは…
(つづく)